
 
        過去の活動
孤児院の後、REAL SOCCER スタジアムでアビスパ福岡U18とカンボジアン タイガーFCによるサッカー教室。

トゥールポンロー中学校のチームは、西日本カンボジア友好協会 後藤 孝洋社長のお世話で「もったいないプロジェクト」から頂いたサッカーシューズとCMCが提供したパンツ、博多ライオンズクラブの平河さんから頂いたバッチを手に練習に臨みました。


2015年11月15日更新
本日はCMCコーントライ夢中学校にて、16日より行われる修学旅行について保護者へ説明してまいりました。

「自分たちがサッカーの試合を見たい!!」と羨ましがるほど喜んでいただけました。

大半の方がお仕事のある中、「子供のためだから」と有給を取ったとのことでした。
子供を思う気持ちも世界共通なんだと学びました!!
日本でも多くの方々が熱意を持って取り組んでいただいております。現地も負けてはいられません!!
2015年11月4日更新
カンボジアでは今日から始業式です!

昨日雨が降ったため、膝が浸かるほどの雨道も、楽しい学校へ行くためがんばります!!
「勉強大好きー」、と伝えてもらいました。

教育の大切さ、強く生きることなど多くをカンボジアから学べます^_^
2015年11月2日更新
本日より、ラジオ番組、「ボイスオブハート」が始まりました。

出演していただいたサイさんは3度にわたり地雷を踏んだことを話していただきました。
事務所にお越しになり、話していると、地雷のポスターに目が行き20分近く見て、「なくならないかなー」とつぶやいていたところが印象的でした。

ラジオの際にサイさんからは、「地雷被害者の方への社会的不平等、疎外感を取り除けたらうれしい」とおっしゃっておりました。
終始笑顔を絶やさず、強く生きていらっしゃることを痛感させられました。

2015年10月18日更新

バッタンバン市内のケマララジオ局にて「ヴォイスオブハート」の打ち合わせです。カンボジアは来週からお盆休みですので、ほぼ最終の打ち合わせです。

10月18日13時(毎週日曜)から放送開始ですが、ライブ放送へ向けての準備は万全です
2015年10月5日更新
2015年9月14日(月)、CMCコーントライ夢中学校およびCMCトゥールポンローみおつくし中学校にて卒業証書授与式を挙行した。

当日は学校がお休みということもあり、卒業生が集まってくれるかどうか学校に着く直前まで心配していたが、コーントライ中学校では卒業生全12名の内11名が、トゥールポンロー中学校では卒業生全35名の内32名が参加した。
コーントライ中学校では、日本からの来賓者を乗せたバスが着くなり、まずはたくさんの牛がお出迎え。そして生徒及び先生方の盛大な拍手の中、迎えられた。

続いて卒業証書授与。卒業生一人一人に英語と日本語で書かれた卒業証書が手渡された。


加えて学校へは記念品としてバドミントン道具一式とサッカーボールが贈呈された。

最後は皆で記念撮影。規模は小さいながらも笑顔あふれる卒業式となった。

トゥールポンロー中学校を訪れた際は、アクシデントに見舞われた。当日午前中に降った雨のせいで道路がぬかり、学校まであと300mのところでバスは停止。そこからは炎天下の中、全員徒歩で学校へ向かった。

そして、やっとの思いで学校へ着くとその疲れが吹き飛ぶくらいの大拍手で歓迎を受けた。

卒業証書授与式では、卒業生一人一人にクメール語と日本語で書かれた卒業証書が手渡され、成績最優秀卒業生には記念品としてデジタルカメラが授与された。また学校へは記念品として飴と色鉛筆が贈呈された。


最後は皆で記念撮影。

当日は予定よりも1時間前倒しで式が開始されたが、思いのほか多くの卒業生が参加してくれた。
両校とも年度末で休校中だったにも関わらず、多くの生徒、先生方が集まり無事卒業式を終えることができた。ご協力いただいた生徒の皆さん、そのご家族、先生方、そして遠く日本からお越しいただいた支援者の皆さまに深く感謝申し上げます。
文責:堀内信輔
2015年9月17日更新
私たちが企画・制作をしているラジオ番組「Voice of Heart」は、今年の 10 月 18 日から来年の 1 月 31 日にかけて毎週日曜日 1 時間、全 12 回、バッタンバン州、バ ンティエイ・ミエンチェイ州、シェムリアップ州の3つの州で放送されます。それ に伴い、同番組の出演者を探し及び出演交渉を現在行っています。

出演者は地雷・不発弾の被害者と限定しているため、出演交渉は簡単ではありま せん。出演を断られるケースがほとんどです。その理由は以下の通りです。
① 被害を受けたショックから立ち直れず、家に引きこもったまま。
② 被害にあった状況を思い出したくない。
③ 足を無くした自分を他人に見られたくない。
④ 自分に自信が持てない。そっとしておいてほしい。
⑤ 家族が反対。惨めな姿を他人に見せたくない。
⑥ 仕事が忙しい。
⑦ 出演料が安すぎる。
⑧ 聞いたこともない NGO を信用できない。
私たちのラジオ番組は、まさに上記の①~⑤の被害者の方々に聞いていただきた い内容となっております。 そして、出演交渉が困難を極める中、同番組の出演を快く引き受けてくれた方々 もいらっしゃいます。その方々からのご協力、日本及びカンボジアの多くの支援者 の皆さまのおかげで、この度ようやく同番組のポスターが完成いたしました!ご支 援、ご協力ありがとうございました!
ー終わりー
文責:堀内
過去の記事
2015年8月26日更新
2015年4月~6月にかけて実施した村調査(バンテイミエンチェイ州マライ郡地区トゥールポンロー村)の調査結果について報告いたします。調査方法は、これまでの村調査同様、CMCスタッフがバイクで現地に赴き、各家を一軒一軒訪ね、世帯ごとに人数や年齢、職業、資産などをインタビュー形式で聞く方法です。
トゥールポンロー村は2010年12月にワイズメンズクラブ国際協会大阪西クラブ様、㈱データ・マックス様、大阪城東ロータリークラブ様の支援により中学校が建設され、現在に至るまでCMCの支援が続いている地域です。
しかしながら、コーントライ村と同様、同村におけるCMCの認知度が10%以下ととても低かったため、村民からは、「信用できないから帰って!」「他のNGOはTシャツや帽子をくれるのに何故くれないの?」「私たちを騙すつもり?」といった声を受け、村調査は困難を極めました。
さて、本題に入ります。トゥールポンロー村は10のグループ(隣組)で構成されており、総人口は1846人、世帯数は308です。これからご紹介する統計は、調査にご協力いただけた144世帯、749名の調査結果を元に算出されたものです。
年代別の人口比です。日本とは対照的に40歳までの若い世代が全体の約77%を占めています。

続いて11~60歳までの職種別の内訳です。やはり多くの人がタイヘ出稼ぎへ行っています。
コーントライ村同様、農業では十分な現金収入を得られないため、農家の親たちも子どもをタイヘ出稼ぎに行かせる傾向があります。カンボジア人出稼ぎ労働者は時に酷い扱いを受け、重い病に罹ったり、職場に軟禁され何年も帰国できなくなったりすることもあります。彼らもそのことは十分理解しています。しかしながら、タイでは、学歴・年齢・性別に関係なく容易に仕事に就け高い収入を得られる事例も多いため、リスクを承知で多くの若者がタイヘ出稼ぎへ行きます。タイで違法滞在を繰り返し、何度も強制送還をされたカンボジア人男性がバンテイミエンチェイ州の警察署で言い放った有名な言葉があります。「カンボジアで働けば20日しか家族を養えないが、タイで働けば20年間養える。」
コーントライ村同様、タイへ出稼ぎに行った人とそうでない人との家は、外観からして明らかに違っていました。
1.タイへ出稼ぎに行った人の家
2.タイへ出稼ぎに行った人の家
3.タイへ出稼ぎに行った人の家

4.タイへ出稼ぎに行ってない人の家

7.タイへ出稼ぎに行ってない人の家

前述のとおり、タイにおけるカンボジア人出稼ぎ労働者の仕事の多くは学歴や年齢を問われないため、小・中学校や高校を中退してタイヘ出稼ぎに行ってしまう生徒が数多くいます。CMCが支援しているトゥールポンロー村唯一の中学校、トゥールポンローみおつくし中学校も毎年半分以上の生徒が中退しています。校長先生によるとその大部分は親または本人がタイヘ出稼ぎへ行くためだそうです。中学校に行かなくてもタイヘ出稼ぎに行ったことで、裕福な生活を送っている人々を実際に間近で見ている彼らにとって、学校へ行くことの必要性はわからないかもしれません。同地区で中学校支援のため約5年間活動しているCMCの認知度が低かったこともこういったことが起因しているかもしれません。
次に村民が所有している資産についてです。まず所有地についての調査ですが、村民の証言の信憑性が低かったため、今回は公表いたしません。誰がどこの土地をどのくらい所有しているのか、ということが不明瞭なのです。まったく同じ場所の土地を「この土地の所有者は自分だけだ。」と主張する人が複数いたり、土地の権利書のような正式な書類を持っている人が少なかったり、地図の見方や土地のサイズが分からなかったりする人が数多くいました。
その他の資産については、次の図をご覧ください。

この地域ではCellcardというカンボジアの電話会社の電波が強いようです。携帯電話を持っている小学生も見かけました。携帯電話は安いものは1000円、SIMカードは50円、プリペイドカードは1ドルで買えます。
この地域でもテレビは家庭内の娯楽の中心と言えそうです。タイと韓国のテレビドラマ(クメール語吹替え版)が人気を集めています。電気が来ていない家でも、車で使うようなバッテリーを使って視聴していました。
続いてラジオですが、所有率は12.44%ですが、ラジオを実際に聴いていると答えた人は全体の5%以下でした。ラジオ事業を実施している私達CMCにとっては耳の痛い話ですが、テレビの普及に伴ってラジオを聴く人たちが殆どいなくなっているという現実がここにはあります。
自転車とバイクの所有率が低いこともあり、交通の不便さから学校へ通うのを諦める子ども達がたくさんいます。また、コーントライ村と同様、住民たちの多くはバイクを買うときにローンを組むそうです。とは言っても同村には銀行やマイクロファイナンス等の貸付業者はありません。多くの家庭はシソポンのローン会社に電話をし、書類とお金を自宅に持ってきてもらい契約するそうです。
車は、ごく一部のお金持ちだけが所有しています。
2015年7月16日更新
2015年4月~6月にかけて実施した村調査(バンテイミエンチェイ州オークロブ郡コブ地区コーントライ村)の調査結果について報告いたします。調査方法は、前回報告したボップイ村調査同様、CMCスタッフがバイクで現地に赴き、各家を一軒一軒訪ね、世帯ごとに人数や年齢、職業、資産などをインタビュー形式で聞く方法です。
コーントライ村は2008年9月に(社)佐世保青年会議所様及びCMCの支援により中学校が建設され、現在に至るまで両団体の支援が続いている地域です。しかしながら、今回の調査を終え、大きなショックを受けたことが一つあります。それは、同村におけるCMCの認知度がとても低かったことです。9割を超える村民たちがCMC歴代スタッフはおろか、CMCの名前すら聞いたことがないと回答しました。
そのことは私たちが村調査を行う上で大きな障害となりました。今回の調査は村内に住む全347世帯を対象に実施されましたが、結局その内の202世帯からしか調査の協力を得られなかったのです。CMCのことを知らない村民からも多少協力を得ることもできましたが、多くの村民からは「聞いたこともないような団体には協力できない。信用できないから。」といった声を受け、村調査は困難を極めました。
さて、本題に入ります。コーントライ村は13のグループ(隣組)で構成されており、総人口は1815人、世帯数は347です。これからご紹介する統計は、調査にご協力いただけた202世帯、1092名の調査結果を元に算出されたものです。
 
 
年代別の人口比です。日本とは対照的に40歳までの若い世代が全体の約8割を占めています。
続いて11~60歳までの職種別の内訳です。多くの人がタイヘ出稼ぎへ行っています。私たちが調査した中では11歳の少年がタイヘ出稼ぎに行っている事例もありました。
農業では十分な現金収入を得られないため、農家の親たちも子どもをタイヘ出稼ぎに行かせる傾向があります。カンボジア人出稼ぎ労働者は時に酷い扱いを受け、重い病に罹ったり、職場に軟禁され何年も帰国できなくなったりすることもあります。彼らもそのことは十分理解しています。しかしながら、タイでは、学歴・年齢・性別に関係なく容易に仕事に就け高い収入を得られる事例も多いため、リスクを承知で多くの若者がタイヘ出稼ぎへ行きます。
こんな話も聞きました。「タイヘ出稼ぎに行って5年以上帰って来なかっ知り合いが、ある日突然帰ってきた。タイでは奴隷のように働かされ、重い病気になったり、刑務所に入れられたりもしたそうだ。しかし、彼は帰国後、実家の近くに大きな豪邸を建てた。私も彼と同じようにタイヘ出稼ぎに行きたい。だってカンボジアでは何年働いても、彼のような家は建てられないから。」
そして事実、タイへ出稼ぎに行った人とそうでない人との家は、外観からして明らかに違っていました。
1.タイへ出稼ぎに行った人の家

2.タイへ出稼ぎに行った人の家

3.タイへ出稼ぎに行った人の家

4.タイへ出稼ぎに行った人の家

5.タイへ出稼ぎに行っていない人の家

6.タイへ出稼ぎに行っていない人の家

7.タイへ出稼ぎに行っていない人の家
8.タイへ出稼ぎに行っていない人の家

前述のとおり、タイにおけるカンボジア人出稼ぎ労働者の仕事の多くは学歴や年齢を問われないため、小・中学校や高校を中退してタイヘ出稼ぎに行ってしまう生徒が数多くいます。CMCが支援しているコーントライ村唯一の中学校、コーントライ夢中学校も毎年半分以上の生徒が中退しています。校長先生によるとその大部分は親または本人がタイヘ出稼ぎへ行くためだそうです。中学校に行かなくてもタイヘ出稼ぎに行ったことで、裕福な生活を送っている人々を実際に間近で見ている彼らにとって、学校へ行くことの必要性はわからないかもしれません。同地区で中学校支援のため7年以上も活動しているCMCの認知度が低かったこともこういったことが起因しているかもしれません。
次に村民が所有している資産についてです。まず所有地についての調査ですが、村民の証言の信憑性が低かったため、今回は公表いたしません。誰がどこの土地をどのくらい所有しているのか、ということが不明瞭なのです。まったく同じ場所の土地を「この土地の所有者は自分だけだ。」と主張する人が複数いたり、土地の権利書のような正式な書類を持っている人が少なかったり、地図の見方や土地のサイズが分からなかったりする人が数多くいました。
その他の資産については、次の図をご覧ください。

電話の内訳は99%が携帯電話で、1%が固定電話でした。この地域ではMetfoneというベトナムの会社の携帯電話の電波が強いようで、私たちが見かけた携帯電話のほとんどがMetfoneでした。住民からは、「本当はベトナムの会社の携帯電話なんて使いたくないんだけど、他の電話会社の電波は弱いから、仕方なくMetfoneを使っている。」といった声も聞かれました。
テレビは家庭内の娯楽の中心と言えそうです。タイと韓国のテレビドラマ(クメール語吹替え版)が人気を集めています。私たちが各家庭を訪れた際もテレビを見ていた家庭がたくさんありました。「電気代が高いけど、面白いから止められない。1日12時間は見ている。」といった家庭もありました。
続いてラジオですが、所有率は18.91%ですが、ラジオを実際に聴いていると答えた人は全体の1%以下でした。ラジオ事業を実施している私達CMCにとっては耳の痛い話ですが、テレビの普及に伴ってラジオを聴く人たちが殆どいなくなっているという現実がここにはあります。
自転車やバイクは半分以上の世帯が所有していますが、数的にはまだまだ不足しています。交通の不便さから学校へ通うのを諦めたり、仕事が見つからなかったりする人たちがたくさんいます。また、これは統計をとっていなかったので具体的な数字は把握していませんが、住民たちの多くはバイクを買うときにローンを組むそうです。とは言っても同村には銀行やマイクロファイナンス等の貸付業者はありません。多くの家庭はシソポンのローン会社に電話をし、書類とお金を自宅に持ってきてもらい契約するそうです。
車は、一般庶民にとっては高嶺の花で所有している人はごく一部のお金持ちだけです。
牛を所有している世帯は意外と多く18.31%、平均所有頭数は3.6でした。住民からは「牛は自分たちで乳や肉を取るために飼育しているわけではない。大きく育てて町の大きい業者に高く売るためだ。昔はもっと多くの家庭が牛を持っていたが、お金になるまでに時間がかかるから多くの人が手放した。」との声も聞かれました。それにしてもこちらの牛たちは痩せこけていてかわいそうです。また、村長さんによると、同村では水牛は1頭もいないそうです。
2015年7月16日更新

CMCトゥールポンローみおつくし中学校にソーラーパネルを設置した。

ソーラーパネルが中学校に着くなり、先生たちは「ついに電気が来たー!」とソーラーパネルを囲み大興奮!それもそのはず、同中学校内で寝泊まりをしている先生方4名と生徒10名は、同中学校開校以来4年7か月間も電気の全くない生活を送ってきたのだ。暗闇の中、ろうそく一本の明かりで食事を取り、トイレに行き、勉強をしていたのだ。携帯電話に関しては、充電をするためだけにバイクで30分もかけて充電できるお店に行き、また30分かけて学校に戻り、翌日またそのお店に取りに行くという生活だった。喜びも人一倍である。

設置する前に、パネルの裏側にスプレーで「CMCから寄贈」と吹き付ける作業を行おうとした際、トラブル発生。パネルの裏側は黒色と聞いていたので、白色のスプレーを持参していたスタッフが凍りつく。そう、パネルの裏側は白!それでもスタッフは諦めない。「スプレーの白は少し違う色だから大丈夫!」と自信を持って試してみるも、やはりほとんど見分けがつかない。スプレーが買える店まではバイクで片道30分、さあどうする。そんなとき、校長先生がある一人の生徒に「スプレー買って来て!」とお金と自分のバイクの鍵を放り投げる。生徒も笑顔で鍵とお金を受け取り、颯爽とバイクに跨り出発。日本では考えられない光景だ。


スプレーを待っている間に、工事業者は他の作業に取り掛かる。設置場所を確認したり、配線の準備をしたり。業者が動くたびに先生も生徒も動く。先生や生徒たちも興味津々だ。そしてスプレーも無事届き、いざ設置。業者は、はしごがあるのにわざわざ壁をよじ登って設置作業に入る。あとは業者に任せるしかない。時折、業者から先生や生徒たちに指示が飛ぶ。日本人的感覚だと「普通、お客さんにこんなに指示を出して手伝ってもらうかなー」と思うが、どうもこれがこちらの「普通」のようだ。

途中雨が降り、工事が一時中断されたが、作業を始めてから約5時間後、ついに設置工事完了!一人の先生が早速、携帯電話の充電を試みる。充電していることが確認されると満面の笑顔!私が片言のクメール語で電気ある?と聞いてみると、「ミエン(ある)、ミエン(ある)!」と興奮気味に答えてくれた。

その日の晩、CMCスタッフに同中学校の先生から電話がかかってきた。ソーラーパネルは順調に機能しているとのこと。夜でも明るくて快適だが、試験運転のため今晩は明かりを付けっぱなしで寝なければいけないらしい。彼らの夜更かしが心配だ。
報告:堀内信輔
2015年7月16日更新
本年度は、CMCのラジオ事業「Voice of heart」を10月18日から毎週日曜日、約3ケ月間、3つのラジオ局で放送予定です。

まず始めにCMCカンボジア事務所内で選定作業の段取り等について皆で話し合った結果、地雷原や地雷被害者が多く住む地域を効率良くカバーするためにバッタンバン州、バンテアイミエンチェイ州、シェムリアップ州の3つの州でそれぞれ1局ずつラジオ局を選定することになりました。そして翌日から早速各州のラジオ局を回り始めたのですが、ここからが大変でした。
まず1つ目、バンテアイ・ミエンチャイ州へ向けバイクで移動中、突然の豪雨に見舞われました。視界が悪く道路状況も悪かったため、結局その日は目的のラジオ局までたどり着くことができず、途中のゲストハウスに泊まることになりました。そして翌日は、無事ラジオ局を回ることができたのですが、帰り途中にまたも突然の豪雨!さすがに皆、「3日連続で汗だくの同じ服を着たくない。」ということで、小さいバイクで強い雨風にさらされながら5時間もかけて帰宅したのでした。ちなみにカンボジアではテレビやラジオの天気予報もありますがあまり当てにならず、雨の詳しい時間帯までは把握できません。そんなこともあり、地方の住民の間では「天気予報のギャンブル」なるものも存在し、人気を集めています。
2つ目、どのラジオ局でも契約交渉に2時間以上かかりました。ラジオ局選定にあたっては、信頼性、可聴エリア、値段、実績等を指標に交渉を進めましたが、何といっても値段交渉に時間がかかりました。3時間以上かけても結局折り合いがつかず、交渉が決裂したときもありました。それにしても、エアコン無しで30度を優に超える蒸し暑さの中、カンボジア人の皆さんは本当に粘り強いです。

上記以外にも、お目当てのラジオ局が潰れていたり、出張先で迷子になったり、食中毒になったりと様々なトラブルを経験しました。そして3つの州で計12局のラジオ局と交渉した結果、この度ようやく3つのラジオ局と契約を締結することができました!

同行したCMCの現地スタッフは20代前半の若者ですが、彼らの交渉力には目を見張るものがあります。3つのラジオ局とは、いずれも先方の最初の言い値の半分以下の金額で契約できています。これこそ生きる力!?
報告:堀内信輔
2015年6月30日更新
先日、カンボジア事務所内である重大な問題が発覚しました!
3台のパソコンがウイルスに侵されていました。調べてみる、パソコンにはウイルス対策ソフトがインストールされていない!!

そこで急きょソフトをインストール!!
カンボジアではコンピューターウイルスが日本以上に蔓延しています。特にUSBを介しての感染が多いようです。
CMC現地人スタッフ曰く、「印刷屋に自分のUSBメモリーを持っていけば、確実にウイルスをもらう」とのこと。それほど蔓延しています。

ソフトのダウンロードと合わせて、停電時の対策なども学びました。

今回インストールしたソフトですが、これ以外バッタンバン市内に取り扱っているものはありませんでした。
旅行やお仕事でカンボジアに行かれる方は、USBなどに気を付けて下さい!!
2015年6月30日更新

①
(社)佐世保青年会議所(佐世保JC)の皆さん12名がコーントライ夢中学校を訪問されました。同中学校は、2008年9月26日に佐世保JCの皆さんの支援により建設され、物品供与、建物修復等、現在至るまで佐世保JCの皆さんの温かい支援が続いています。クメール正月明けにも関わらず、約90名の元気な生徒たちが出迎えてくれました(写真①②)

②
続いて、生徒たちの授業風景を見学(写真③)。カメラマンがたくさんいて生徒たちも緊張している様子でしたが、みんな一生懸命学習に取り組んでいました。

③
また別室では、校長先生と佐世保JCの皆さん、CMCとで会議が行われ、学校の近況、抱えている問題点、今後の支援のあり方等について話し合われました(写真④)。

④
また、これまでに触れてこなかった先生方への支援の必要性やセキュリティーの問題等についても活発な議論が行われ、たいへん有意義な会議となりました。

⑤
当日は、異文化交流ということで伝言ゲームも行いました。

⑥
佐世保JCの皆さんと生徒たちとで二つのグループに分かれ、それぞれ日本語またはクメール語の単語を順番に耳打ちで伝言していきます。

⑦
日本人がカンボジア語を伝言する時とカンボジア人が日本語を伝言する時が勝負の分かれ目です。最後の人が伝言されてきたものを黒板に描いて発表します。

⑧
単純なゲームですが思いのほか盛り上がり、互いに言葉は通じないものの、笑顔あふれる異文化交流となりました(写真⑤⑥⑦⑧⑨)。

⑨
続いて記念品の贈呈式です。

⑩
今回の記念品は、本棚やサッカーボール、バレーボール、ノートやペン等です。佐世保JCの谷川理事長から校長先生へ目録が手渡され(写真⑩)、ノートとペンは佐世保JCの皆さんから生徒一人ひとりへ直接手渡されました(写真⑪⑫)。

⑪

⑫
写真⑬⑭⑮⑯⑰⑱⑲は、当日渡すことができなかった本棚等を後日学校へ届けたときの様子です。

⑬

⑭

⑮
校長先生や生徒たちも運ぶのを手伝ってくれ、運んだ後は、丁寧に拭き掃除もしてくれました。皆笑顔でたいへん喜んでくれました。

⑯

⑰

⑱

⑲
最後は、皆で記念撮影(写真⑳)。猛暑の中、ご協力いただいた生徒の皆さん、先生方、そして遠い日本から忙しい合間を縫ってコーントライ夢中学校まで駆けつけてくださった佐世保JCの皆様、本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

⑳
(写真21,22,23は、帰り際に立ち寄った生徒宅への訪問の様子です。)

21

22

23
(写真24は、校長先生とCMCとで当日のプログラムや贈答品等について事前に協議したときの様子です。)

24
追記: 佐世保JCさんを見送ってからCMCバッタンバン事務所にバイクで帰る道中、新たにパンクが発生、その後追い打ちをかけるように突然の豪雨に見舞われました。普段であればバイクで片道2時間かかるところを6時間もかけて事務所に到着したのでした。そして事務所到着後、CMC現地スタッフが食事の誘いを断るほど疲れ切っている様子を初めて見ました。また道中、バイクと車の衝突事故を2件、バスと車の衝突事故1件見ました。カンボジアは、本当に交通事故が多いです。私たちも気をつけなくてはいけません。今回正直、気持ちの上で油断がありました。まだ新しいバイクだから大丈夫だろう、まだ乾季だから雨は降らないだろう・・・と。道中、給油した際にタイヤの点検をしなかったことを反省しております。
2015年5月8日更新
4月は、クメール人にとっての一大行事、「クメール正月」でした。このクメール正月による休日は、カレンダー上は4月14,15,16の10日間だけですが、実際は多くの人が1週間以上の休みを取っています。特に学校の先生や生徒たちは長期休暇を取る傾向が強いらしく、中にはクメール正月は1か月間だと勘違いしている生徒たちも大勢いるようです。ちなみにCMCカンボジア事務所の現地スタッフも4月11日~19日までの9日間は誰も出勤しませんでした。そして「カレンダー上の祝日は9日間ある」と本気で勘違いしているスタッフも数名いたのでした。(笑)
さて、クメール正月といっても地域によって、家庭によって様々な特色がありますが、今回は、バッタンバンの「我が家」のクメール正月をレポートいたします。
クメール正月は、まず親戚同士が集まるところから始まります。昔はおじいさんやおばあさんの居るいわゆる本家に集まっていたそうですが、今では親戚が大勢集まれる大きい家を持っている人のところに集まる傾向だそうです。そしてたくさんの料理を作ります。自分たちで食べるもの、家の中の仏壇・神棚にお供えするもの、お寺に持って行くもの、とにかくたくさんの食べ物を準備します。

親戚が皆集まったところで、家族の中の年配者に他のメンバーが食べ物を渡す儀式を行います(写真①)
今まで育ててくれて、家族を守ってくれてありがとう、といった感謝のメッセージを伝えます。この場面で私にとって印象的だったのは、20代、30代、男性であっても、女性であっても、自分の親や親戚に対して恥ずかしがらずにしっかり口頭で感謝の意を伝えていたことでした。私だったら自分の親には照れくさくて面と向かって“ありがとう”の一言も言えないと思います。

写真②
さて次は、たくさんの料理と果物を持ってお寺へ出かけます。そしてお寺へ到着すると早速持参した食べ物をお坊さんにお供えし、お経を読んでもらいます。写真を見て皆さん何か気が付かれたでしょうか?そう、座り方です。正座の仕方が日本と少し違っています。疲れたから足をくずしている訳ではありません。男性であっても、お坊さんであっても、この横座りが正座なのです。慣れない私にとってこの横座りがいつも苦痛です・・・。

写真③
続いて、お寺の中の大広間に移ります。私たちが行ったときには写真の通り、空いていましたが、朝や夕方の時間帯は床に座りきれないほどの人たちでいっぱいになるそうです。普段は一般に解放されていませんので、現地の人たちにとっても特別な日・特別な場所として人気を集めいています。写真の通り、それぞれの家庭で場所を陣取ってしばし休憩です。それぞれの近況を伝えあったり、改めてお坊さんを呼んで説教を受けたりします。大広間の前の方にはお供え物の食べ物がたくさん並べられています。基本的にはお坊さんたちが全部食べるらしいのですが、とてもお坊さんたちだけでは食べ切れる量ではありませんので、残りは一般の方でもお寺に食べに来て良いそうです。実際、その日の夕方に別のお寺に行ってみると、10数名程の私服の若者たち、子どもたちが普通にお寺のお供え物をお寺の敷地内で食べていました。

写真④

写真⑤
大広間の外ではその他、色々な儀式が行われています。その一つとして写真④は、ご先祖様に感謝の意を込めてご飯とお金を順番にお供えしていく儀式です。端から端まですべてのお釜にご飯が行き渡るよう、上手く調整しながら振り分けます。写真⑤は、お供え用のお金を売っているお店です。いわゆるピン札です。もちろんすべて本物です。バッタンバンでは、流通しているお札は汚いものが多いため、このような商売が成り立つかもしれません。
次にご紹介するのは、水を掛け合う(投げつける!?)習慣です。

写真⑥

写真⑦
小さいビニール袋に水を入れてゴムで縛った水袋をたくさん作る人(写真⑥)、それを通りかかったバイクや車に投げつける人、(写真⑦⑧⑨)、バケツや洗面器を使って水を掛け合う人(写真⑩⑪⑫)、本格的な水鉄砲を使う人(写真⑬⑭)、それぞれに楽しみ方があり、とても楽しいです!

写真⑧

写真⑨

写真⑩

写真⑪

写真⑫

写真⑬

写真⑭
また水だけでは飽き足らず、見ず知らずの通行人に白い粉を塗り付けて回っている人達もいます。外国人であろうと容赦しません。

私も4才の息子もやられました(写真⑮)
ちなみにこういった光景をプノンペンやシェムリアップ等の都会では見かけることはありません。なぜなら、やはり危険な行為とみなされ警察に捕まるからです。バッタンバン郊外でも、もし警察の車を見かけたら皆一斉に隠れます。そして万が一見つかると、このようになります。

写真⑯:皆で一生懸命謝っています
最後に、クメール正月中に起きてしまった残念な事件について報告いたします。クメール正月の休み期間中にCMC及び(社)佐世保青年会議所様が支援を続けているコーントライ夢中学校の2つの教室の扉が壊されてしまいました(写真⑰⑱⑲)。

写真⑰
何者かが鍵のかかっている教室内に入ろうとドアの一部を破壊し、鍵を強引に開け侵入したのです。盗まれたものは本が数冊で高価なものはなかったそうですが、教室内からは違法薬物を使った痕跡が見つかったそうです。警察の現場検証が行われ、その後も校長先生と警察の方々で連絡を取り合っていますが、未だ犯人は捕まっておりません(4月29日現在)。

写真⑱
このような休み期間中に学校に不法侵入し、違法薬物を使用する事件、実はカンボジアではよくあることだそうです。休み期間中は生徒も先生も誰もいないため、学校は特に狙われやすいそうです。皆がクメール正月を祝って、楽しんでいる間に起こってしまった何とも悲しい事件です。

写真⑲
2015年5月1日更新

曽田さんから業務を引継ぎ、新しく現地駐在員として着任致しました堀内信輔と申します。趣味は卓球で、アフリカのザンビア共和国で代表チームの監督を務めていた経験もあります。(しかしその実力は!?・・・ご想像にお任せします。)
微力ではありますがカンボジアで一人でも多くの人の夢や希望が叶えられるよう、尽力致します。皆様、末永くよろしくお願い致します。
では、早速活動報告です。
2015年3月26日、CMCバッタンバン事務所に着任したまさにその日にバンテイミエンチェイ州オークロブ郡コブコミューンへ、バイクで出張致しました。初出勤日に初出張ということで最初はとても緊張していましたが、同僚のラボットの運転するバイクに跨り出発すると、その緊張はすぐに解れました。ラボットは運転をしながら後ろの私にしきりに話しかけてきます。「名前は何と呼べば良いのか?日本では何をしていたのか?どうしてカンボジアに来たのか?・・・。」幸い彼とは英語でコミュニケーションが取れていますが、他のスタッフはあまり英語が話せません。クメール語の習得が今後円滑に活動を進めるための重要な要素だと改めて実感しています。
さて、今回の出張先は、CMCコーントライ夢中学校でした。今回の出張の目的は、先生方への着任の挨拶、生徒の50メートル走のタイム計測、算数の小テストを実施することでした。(その詳細については、曽田駐在員の報告書をご覧ください。)
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初出勤日に5時間もバイクに乗り続け、早速、カンボジアの「暑い・熱い!洗礼」を受けております。皆さんバイクに乗る時には必ず長袖・長ズボンを着用しましょう。油断するとたった一日でご覧のとおり。
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2015年3月30日、バンテアイ・ミエンチャイ州マライ郡トゥール・ポンロー村「CMCトゥール・ポンローみおつくし中学校」を訪問しました。あいにく校長先生は留守でしたが、クメール語のサーン・ノー先生と英語のホー・トーン先生にお会いし、色々なお話を聞くことができました。最近のビッグニュースをお聞きすると、2月24日に開催されたマライ郡のサッカー大会で男女とも優勝したそうで、生徒たちは大喜びだったそうです。続く州大会では、惜しくも勝ち残れず全国大会には行けなかったそうですが、3人の生徒が州のベストイレブンに選ばれたそうです。
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左がホー・トーン先生。生徒たちと一緒になってサッカーを楽しんでいました。
![DSCN0027[1]](http://www.cmc-net.jp/wp/wp-content/uploads/2015/04/DSCN00271-438x329.jpg)
2015年4月7日更新

2015年4月4日バッタンバン事務所にて。センター右側が曽田駐在員、左側が後任の堀内駐在員。
2013年6月より駐在員としてカンボジアバッタンバンにてCM
曽田実
2015年4月6日更新

ボップイ村を突き抜ける主要通り

周囲にはのどかな田園風景が広がっています

ときどき牛の大群にも出くわします。田舎ではよくある光景です。
でこぼこ道を上下に揺れながら娯楽施設もないこの村をバイクで走
前回,

カンボジアでみられるごく普通の高床式の家です。

家の脇に水瓶がおいてあります。屋根の雨水が流れ込むようになっています。この水で普段,料理をしたり水浴びをしたりします。水が無くなったら隣町から買ってきます。

ボップイ村でも有数の大きな家です

この家もかなり立派なつくりです

この家は非常に簡素なつくりです

ここはさらに簡素なつくりです
■テレビについて。
ボップイ村の全83世帯中テレビを持っていると回答した世帯は40世帯(48%)でした。どんなテレビを持っているか見せてもらいました。

ある家庭で見せてもらった「テレビ」
厳密にはこれはテレビではなくて,
■ラジオについて。
ラジオは30世帯(36%)が所有していました。聞く番組は専ら歌謡曲だそうです。
■電話について。
電話については,固定電話はなく,携帯電話が普及しています。都市部では1人1台所有するのが普通ですが,ボップイ村では(ボップイ村に限らずカンボジア国内の多くの田舎では)一家に1台というところが多いです。携帯電話を所有している世帯は66世帯(80%)で,1世帯だけ2台の携帯電話を所有していました。携帯電話でもラジオ放送は聞けるので,これでラジオを聴く人もいるようです。
以上が主な電化製品(電球は除く)ですが,まだ電気が送電されていないボップイ村では,電源には乗用車などに見られるバッテリ―が使用されています。

画面左下に見えるバッテリーがこの家の電源になります
バッテリーの充電を請け負っている家があり,

バッテリー充電を請け負っている家
「テレビもねぇ ラジオもねぇ」というわけでもなさそうですが,
■車について。
いわゆる4輪の乗用車を所有している世帯は0でしたが,バイクやエンジン付荷車は一応走っています(ただし多くはないです)。バイクを所有している世帯は27世帯(33%),エンジン付荷車を所有している世帯は23世帯(28%)です。このうち,この両方を所有している世帯が9世帯(11%)でした。さらにトラクターを持っている世帯及び脱穀機を持っている世帯がそれぞれ1世帯ずつありました。トラクターや脱穀機は所有者が他の村民に(有料で)貸し出す形で皆で共用しているようです。

エンジン付荷車。スイカを積んで運んでいます。その他,人も含め乗せられるものは何でも乗せて運びます。

トラクター。右奥の倉庫にしまわれています。

脱穀機。収穫期には引っ張りだこです。
調査項目には入れていないので数は分かりませんが,いわゆる「
産業(仕事)もあまりない上に,生活も不便だとしたら,「オラこんな村嫌だ」と言って若者が出ていったとしても不思議ではありません。出ていく人たちが「こんな村嫌だ」と言って出ていくかどうかは分かりませんが(本当は出ていきたくないけど,お金を稼ぐために出ていかざるを得ないかもしれない),少なくとも現状では,村を出ていく人はいても,よそから村に来て定住する人はいません。カンボジア全体では道路や電気などのインフラの整備が着々と進んできていますが,ボップイ村にもインフラ整備の手が伸びてくれば,また状況は変わってくるかもしれません。村民もできるだけこの状況が改善されることを願っていますが,まだまだしばらくはこの状況は変わらないまま続くことでしょう。とりあえずは,毎年雨季にしっかりと雨が降り,大地も村民の生活も潤うことを心よりお祈り申し上げます。
― 終わり ー
文責:曽田
過去の記事
2015年3月31日更新
前回,ボップイ村の人口について見ましたが,今回はボップイ村各世帯の生業について見てみます。
まずは各世帯の構成人数を見てみます。

1世帯当たりの構成人数
4人世帯が21世帯と最も多く,ついで6人世帯が14世帯,3人世帯・5人世帯がともに13世帯と続いています。生業(職業)としては,ほとんどの世帯が農業を営んでいます。ボップイ村全83世帯中,耕作地(借地を含む)を持っている世帯は76世帯あり,平均して2.5haの土地で農業を営んでいるようです。

各世帯の所有耕作地の面積

米の年間収量(t)
また米作を行っている農家において,1haあたりの米の年間収量

1haあたりの米の年間収量
日本の農家の収量と比較すると,日本の農家では1haあたり6t
さてここからは,村民の農業以外の職業(学生,無職を含む)

農業以外の職業(数字は人数)
「日雇い労働」が14人いますが,彼らは家を建てたり,

バイク修理

商店。ボップイ村に2つある商店のうちの一つ。お菓子やたばこなどのちょっとした日用品が売られています

木に住んでいるという食用の虫(アリに似ている)を捕まえて洗っています

町にもっていって売ります

調理等で使う炭を作って売ります
子どもの層に目を向けてみると,幼児が49人,小学生が90人と
一方で無職も目立ちます。6歳以上18歳未満の無職(
全体的に農業以外の産業は乏しく,

職業というほどのものではありませんが,牛を連れて歩くというのは村民の日課(日常業務)となっています

サトウキビ畑。いくつかの農家ではサトウキビも作っているようです

コントゥオットというくだものをとっています。子どもたちにとっては仕事というよりは遊びですが,こうやって日々身の回りのことを学んでいます
文責:曽田実
過去の記事
2015年3月26日更新
昨年8月,
調査では,スタッフが各家を一軒一軒訪ね,

一軒一軒すべての家を回りました

調査の様子。手前の聞き取りをしているのはラブット。
 
 
ボップイ村の調査結果を見る前に,2008年に行われたカンボジ

2008年カンボジア国人口ピラミッド。男652万人,女688万人
これを見るとカンボジアは人口に占める若者(子どもも含む)
続いて,カンボジアを都市部と郡部に分けて人口分布状況を見てみます。ただし,都市部は以下のようにして定義され,郡部と区別されています。
都市部の定義
以下の3つの要件を満たすCommuneを都市部としている。
(a)人口密度が200人/㎢以上
(b)男性の農業従事者の割合が50%未満
(c)総人口が2,000人以上

2008年カンボジア国都市部の人口ピラミッド。男126万人,女136万人。

2008年カンボジア国郡部の人口ピラミッド。男526万人,女552万人。
絶対数の違いもありますが,
さて,ここからは我らがボップイ村。

2014年ボップイ村人口ピラミッド。男186人,女194人。総人口は380人。
ボップイ村は世帯数が83世帯,人口が380人(男186人,女
ここで注意したいのが,この調査を実施したのがカンボジア国勢調査(2008年)の6年後の2014年であることです。この間,カンボジア国内では大きな動乱や飢饉は生じていない(むしろ順調に経済成長を遂げている)ことから,順当にいけばカンボジア国郡部の人口ピラミッドは15-19歳をピークの中心として,その周辺の年齢層が多くの割合を占めることになるはずです。しかし,ボップイ村の人口ピラミッドは本来多数を占めるはずの15-19歳,20-24歳の層が欠落しています。これは取りも直さず,この年齢層が仕事を求めて村外へ流出していることを表していると考えられます。聞き取り調査によると,流出先はタイ,ポイペト,プノンペン,韓国があげられます。
ボップイ村の各世帯では小規模ながら農地(借地も含む)
2010年3月から2011年3月までCMCバッタンバン事務所
仮にこの状況が変わらないとしたら,5年後さらには10年後,
※) ボップイ村調査の結果は概ね信頼できるとは思いますが,
文責:曽田実
2015年3月24日更新

カンボジア地雷撤去キャンペーンに「ホンダドリーム125cc」を3台寄贈頂いた御礼と報告のため、アジアンホンダモーター株式会社本社に伺いました。
以前も4台頂いていましたが、CMCスタッフは毎日悪路を走り回るので、メーターが壊れる程傷んでいました。今回の寄贈は、それだけに有難く、二輪担当の石川直昭さんに感謝状と拙著「地雷原の子ども達と共に」を贈呈致しました。アジアンホンダの担当範囲は23ヶ国と広く、西はパキスタン、東はニューカレドニア、北は韓国、南はオーストラリアに及びます。
中でも最も人気が有るのがホンダドリーム号という事です。カンボジアでのバイクのシェアの90%がホンダ車で圧倒的独占状態、そのうち80%がホンダドリーム号だという事でした。
タイのホンダさんとのお付き合いも10年を越しました。今後とも宜しくお願いします。
2015年3月13日更新