活動予定

インターンシップ報告書 後藤宏基

9月4日~22日

こんにちは。

今回94日から22日まで、インターンとして現地事務所にお世話になりました、西南学院大学二回生の後藤宏基と申します。

現地ではたくさんのお仕事を体験させていただきました。

まずはCMCの現地事務所で9月から始まるパソコン業務のためのPCを2台、プノンペンからバッタンバンへバスで7時間かけて運びました。実際にスタッフのヴィチャットとウクがそのパソコンで依頼を受けて仕事をしている姿を見て素直にうれしかったですし、CMCの障害者に対する就業支援も素晴らしいと思いました。

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他にもスタディーツアーのアシスタントをさせていただきました。今回は30名近くもの参加者の方がいらっしゃいましたので団体を動かすのは大変でしたが、私自身アシスタントとしてそしてツアーの参加者としても良いツアーになったと思います。そして事務所でツアーの領収書のチェックを行いましたが、やはりスタディーツアーを計画する側ってものすごく大変そうでした。アシスタントをすることでツアーの参加者からは見ることの出来ない現地駐在員の方々の苦労と努力を垣間見ることができました。今後の学生生活、そして社会人になるにあたって貴重な体験ができました。

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そして今回、何よりの大仕事だったのが926日に来日されるソピアップさんの代理のビザ申請でした。

私自身、今回のカンボジアに来る為にビザを取ったのですがもちろん外国の地で外国人の為にビザを取るのは勝手が違います。今回の申請は日数的に失敗することが許されませんでした。慣れないプノンペンの地で必要な書類をプリントアウトする為にインターネットショップを探しました。(日本では考えられません)それに加え普段の会話では全く使うことのない英単語やカンボジアならではのシステム(身分証明書にIDがあります)に悪戦苦闘していました。現地スタッフのラブットの力を借り、現地や福岡の事務所に連絡を掛けまくり何とか夜中までにビザ申請の書類をまとめることが出来ました。次の日の大使館でも下手くそな英語と意思疎通の最終手段であるボディーランゲージを駆使し何とか受け付けてもらえました。達成感よりも安堵感が大きかったのを覚えています。ぜひソピアップさんの来日がCMCにとってそしてこれからソピアップさんと関わる日本人にとって良いものになってくれたら嬉しいです。本当に良い体験をさせていただきました。

今回、上記の仕事のおかげでシェムリアップ、バッタンバン、プノンペンの三都市とボップイ村やコーントライ村といった田舎を見ることが出来ました。

ここで感じたことはカンボジアに対する日本人の認識と実際のカンボジアは全くもってかけ離れていたということです。

 おそらくカンボジア行ったこと無いほとんどの人がカンボジアに対するイメージは『地雷』や『危険』『貧困』などなどだと思います。

これは半分正解、半分間違えだと思いました。

確かに皆さんのイメージが事実ではないとは言い切れません。実際に僕はスタディーツアー以外でも何人もの地雷被害者を目にしました。

しかし今、地雷被害者はゼロとまでは行きませんがCMC理事長の大谷さんによると政府やアキラ氏やCMCをはじめとする団体のおかげで2000年から比べて13分の1に減っているそうです。

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そして私が滞在したバッタンバン、プノンペン、シェムリアップには地雷の看板など一つも立っていませんでしたし、地雷が埋まっていることを示す看板は一つも見ませんでした。

普段日本で何の不自由も無く過ごしている人たちがちょっとした情報に踊らされてカンボジアや他の発展途上国に対して危険であるという固定観念が強く染み付きすぎてはいないでしょうか?

たかが三週間足らずのインターンしかしてない私が言うのはおこがましいかとは思いますが、カンボジアに対して何かをしようと思うのであればまずは現地へ行き、何が問題になっているのか、何が必要なのかを自分の目で見ることが何よりも大事なのではないかと思います。

僕に出来ること

それはこのカンボジアで学んで来たことを出来るだけ多くの人に伝え、少しでもカンボジア、もしくは他の国について興味を持ってもらうことだと思います。

 僕自身も残された大学生の時間を大切にする為にここで得た経験を必ずや次に繋げたいと思います。

さて、堅いお話はここまでにして

次はクメール料理レポートをしたいと思います!

そもそも、まずはカンボジアに行くのであれば値段を知る為に『これいくら?』という表現や数の表し方などを知っておいた方がいいと思います。よほど体裁が整ったお店ではない限り値札やメニューなどは存在しないからです。上記の言葉さえ覚えておけば、高い値段で食べることはありません!安くておいしいクメール料理が食べられます!

豚肉ごはん

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これはその名の通り、ごはんに豚肉や玉子をのせた料理です。美味しくないはずがありません。朝食の定番ではないのか?と思うほど食べている人が多かったですね。値段も1ドル以下から2ドルほどのお値段で食べられます。お店によって味に差があるので色々食べ歩いてみるのもアリかと思います!誰にでもお勧めできる料理です。

牛丼(番外編)

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カンボジアのシェムリアップとプノンペンでは吉野家の牛丼が食べられます。お米は現地の人に合わせて作られていますが、上の具は日本そのままの味でした。知っているチェーン店なのに注文するときは英語という不思議な感覚を味わえますよ値段はちょっと割高ですが、長期滞在をして日本食が恋しくなった人にはおすすめです!

ポンティアコーン

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やはり、語らずにはいられません。もはや、報告書でおなじみのクメール名物のポンティアコーンです。一応、説明をしておくと孵化直前のアヒルの卵を茹でたものです。

注文するといきなり殻を割る前のアツアツの卵が運ばれてきます。それをスプーンで割り中を繰り出して食べました。噂通りの見た目の凄まじさに僕も圧倒されましたやっぱり一口目は勇気が要りました。食べてみるとはいすっごく美味しかったです味はおでんと一緒に入った鶏肉と卵ですね。お気に入りすぎて初回に2個もたいらげてしまいました。カンボジアに行ったらぜひ食べてほしい一品です。

ローカルレストラン

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僕が病みつきになってずっと食べに行っていたレストランがこちらです。数種類の料理の中から一品を選びご飯と一緒に食べます。何回も通っていたのでほぼここにある料理は制覇しました!煮付けや煮込みといった料理が多く日本人の口に必ず合うと思います。

最後はこちらの食堂の女将さんと仲良くなり写真を一緒に撮っていただきました!

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本当に安くてオススメです!

まとめると、クメール料理は日本人の舌に合うと思いました!

お世話になりました理事長の大谷さん、現地事務所の曽田さんとスタッフの方々、福岡事務所でコンタクトを取ってくれた古川さん星原さん、一緒にインターンをした工藤さん、そして今回このインターンシップで私と関わって下さった全ての方々、本当に感謝しています。

ありがとうございました。

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西南学院大学 法学部 二回生

後藤宏基

2014年10月8日更新

インターンシップ報告書 工藤夏美

9月1日~12日

はじめまして。私は福岡県立大学3年の工藤夏美と申します。専攻は社会学で、教員免許の習得に毎日苦戦しています。

なぜ私がCMCのインターンシップに応募したのかというと、現地に足を運んで、実際カンボジアがどういうところなのかを身をもって体験したかったのと、実際NGOが現地でどのような役割を果たしているのかを知りたかったからです。私が9月1日から12日までの約2週間にのぼる現地での体験談と感想等をここに書いていきたいと思います。

*1日目*

シェムリアップ空港に到着後、とりあえず現地の人に明日バッタンバンに行きたい、バッタンバン行きのバスが出るバス停の近くのゲストハウスに宿泊したいという趣旨を伝えたら、なんとかバスチケットを購入でき、ゲストハウスに宿泊することができました。

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←ナイトマーケットの風景です。観光客が多かったです。日本語を話せるクメール人が多く、日本人観光客が多いのだというのを物語っていました。

 

*2日目*

乗り換えや休憩を含めて約5時間、やっと事務所があるバッタンバンに到着。 事務所に到着したら現地スタッフのラタナ、ラブット、ダラ、スロッさんと自己紹介をしたり、色々お話しました。落ち着いたらホテルに荷物を降ろし、スロッさんと散歩をしたり、実さんとスロッさんと私の3人で夕食を食べたりしました。

*3日目*

朝6時に事務所に集合し、休憩も含めて約3時間後、CMCが活動しているボップイ村に到着しました。現地スタッフの方に小学校の話を聞いたり、クメール語を教えてもらったり、お昼ご飯を一緒に食べたりして午前中はのんびりと過ごしました。

午後からは、コーントライ地区でスタディー・ツアーで訪問する民家を探しに行きました。途中で大雨が降って大変でしたが、村人がホーム・ビジットの受け入れを快く受け入れてくれたので、円滑に進めることができました。

*4日目*

午前中にダラと一緒にペンキと刷毛を購入し、事務所のドアをペイントしました。それを終えた後、スタディー・ツアーで使う名札を作るために厚紙と紐を買いに行こうとしましたが思ったより大変でした。簡単に終わる仕事かと思いましたが、何件も店を回ったりして2時間くらいして仕事がようやく終わりました。

CMCインターンシップ報告書 -2←マーケット内にある庶民的な美容院です。日本の衛生的でシンプルな美容院とは異なり、とりあえずごちゃごちゃしていてなんでもあるなーと思いました。

 

*5日目*

昨日購入した紐と厚紙を使って、スタディー・ツアーで使う名札の作成をしました。日本人の学生の名前をクメール語に直す作業をしたり、厚紙に紐を通したりして地道な作業をこなした結果、一つ一つ丁寧な名札が完成しました。CMCインターンシップ報告書 -2

←完成した名札です。実は紐の両端は火を使って固めてあります!

 

 

*6日目*

今日は事務所がお休みだったので、お散歩したりあちらこちらうろちょろしたりしてのんびりした時間を過ごしていました。

CMCインターンシップ報告書 -3←私の大好きなドラゴンフルーツです。マーケットで1ドルで購入し、ホテルでスプーンを借りていただきました。

 

*7日目*

私とインターン生の後藤君はシェムリアップ行きのバスに乗りました。今日宿泊するホテルに荷物を降ろし、3人でスーパーの下見をしました。スタディー・ツアーの参加者が全員集まった後は、アプサラダンスを鑑賞しながらバイキングを楽しんだり、ナイトマーケットに足を運んだりしました。

CMCインターンシップ報告書 -3←学生が到着するまで時間があったので、後藤君と空港の外で遊んでいました。

 

 

*8日目*

朝食を済ませた後、東南アジアで一番大きい湖、トレサップ湖を船やボートを使って周遊しました。自然がとてものどかで、景色がとてもきれいだったので、また機会があれば足を運びたいです。

午後はアキラ地雷博物館と義足リハビリセンターに行きました。地雷博物館では衝撃的なことばかりでした。あらかじめカンボジアに行く前にポル・ポト政権や地雷についてある程度学習してきましたが、いざ目の前に取り除かれた地雷や不発弾を見たり、博物館内を観察してみると改めて地雷の恐ろしさや残虐性というのがひしひしと伝わってきました。義足リハビリセンターでは、義足が作られる過程やその経緯を教えてもらうことができました。義足を必要とされている人は地雷の犠牲者だけでなく、交通事故で足を失った方もいるのだという事が分かりました。

夜はシェムリアップを離れて、バッタンバン市内のホテルに泊まりました。

CMCインターンシップ報告書 -4←アキラ地雷博物館に展示されていた、かつてカンボジア国土に埋蔵されていた地雷の各々です。今の現地のクメール人は親切なのになぜ昔は…という葛藤がおきました。

*9日目*

昨日から移動ができないほどお腹の調子が悪かったので、薬を飲んだり絶食したりしてホテルの中で一日中休養していました。

*10日目*

朝ホテルを出発し、CMCが活動しているコーントライ村の民家にホームビジットに行きました。日本ではなかなか体験できないような料理の準備をしたり、ご馳走になったりしました。土壌の素揚げは普通に白身魚の味がしておいしかったです。食事を終えた後、日本人の学生が持ってきた折り紙や神風船、シャボン玉を使って子供たちと一緒に楽しく過ごしました。

午後は近くの小学校を訪問しに行きましたが、タイミングが悪く大雨に遭遇したので、長い道のりをみんな靴を道路に埋没させながら移動したのでかなり疲れました。学校に到着後、私たちは一人一人生徒の席に座って算数を教えました。先生が割り算の解説をする時、計算の仕方が日本と違っていたので驚きました。算数を終えたら、一緒に折り紙をして、集合写真を撮ってお別れをしました。

その後は長時間かけてバッタンバンからシェムリアップに向かいました。

*11日目*

朝食を済ませた後、ガイドさんに案内してもらってアンコール・トムやタプローム遺跡を鑑賞しに行きました。とても広大な土地での移動だったので、みんな足が棒になっていました。午後は再度アンコール・ワットに訪問し、マダム・サチコのお土産売り場や、デザートを食べに行きました。自由時間にはマッサージをしにいったり、ドクターフィッシュを体験したりして過ごしました。

夜は帰国する学生を見送りにシェムリアップ空港まで行きました。お別れは寂しかったです。

CMCインターンシップ報告書 -5←朝6時ごろのアンコール・ワットです。この写真に朝日とハスの葉が水面に映っていたらますます美しい光景だったと思います。

 

*感想・考察*

この約2週間のカンボジアでの生活は今思えば、はじけるようにあっという間でした。けれど一日一日が日本では体験できない、とてつもなく貴重で充実したものだったと思います。2週間のうち、思い通りにいかないこともトラブルもありました。例えば連絡が取れなくてこの先どうしたらいいか分からない、目的地の行き方が分からない、乗るはずのバスが動くなど…。けれど困ったときは現地の人が助けてくれる、もしくは自分でなんとかしなければならないという考えが強く動いて、柔軟性というよりも度胸が身についたと思います。それともう一つ身についたのは英語でのコミニュケーションです。一応大学受験でも大学に入ってからも、独学で英語の勉強はずっとしてきました。現地スタッフのダラ、ラブット、ラタナ、スロッさんとは基本英会話で、業務内容も英会話を使って伝達しました。また現地でも、英語が通じるクメール人には英語で目的や趣旨を伝えていました。自分の英語力が完璧だとは思っていません。文法が違ったり、aやTheが抜けたりしていたことは多々あったと思いますが、自分の意思や考えを伝えることについては、相手も理解してくれていたので、その分力になったと思います。

今後この経験をどう活かすのかについて、先ずはもっと円滑にコミニュケーションをとれるようになりたいので、英語の勉強に精を出したいと思います。また自分が所属しているNGO(プラン福岡)で、この体験をいかしてどのようにして日本で途上国の人々の生活を認識させるか、もしくは広めていくのかについて考え、実行していきたいと思います。それと大学を卒業してからの指標が見えてきた気がしました。やっぱり途上国で働きたい。改めてそう思えるようになりました。

今回のこの貴重な体験をすることができた背景には、CMCをはじめ、星原さん、曽田さん、現地スタッフの方々、後藤君、西南学院大学のみなさん、助けてくれたクメール人の方々、そして日本で見守ってくれた家族のおかげだったと思います。感謝してもしきれません。本当にうれしい限りです。本当にどうもありがとうございました。

長文失礼しました。

 

2014年9月29日更新

夏休みツアー報告 

9月7日~9月11日

シェムリアップ国際空港にて、ツアー参加者が全員揃っている事を確認し、ツアー参加者とアプサラダンス鑑賞した後ホテルにてチェックインをし、久々のナイトマーケットをCMCメンバーの山田さんと一緒に散策しました。

2日目、まずはトンレサップ湖へ。東南アジア最大の湖というだけあり、壮大な光景に感激しました。雨期に青空で晴天だった事は本当に幸運でした。0908_14

アキラ地雷博物館ではツアー参加者が曽田駐在員の話を真剣に聞き入っていたのがとても印象的でした。この国
の1975年以降の悲劇の歴史を目の当たりにした人にとってインパクトは強烈なものがあります。義足リハビリセンターでは、ツアー参加者へ施設概要を説明して頂いた後に、質疑応答を行い、CMCから施設へドネーションを行いました。シソポンにて夕食を摂った後、CMC事務所のあるバッタンバン市内へ到着したのは23時前でした。

3日目、ボップイ安部小学校を訪問。学校の子供達は歌で、ツアー加者とCMCを大歓迎してくれました。

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ツアー参加者は焼きそば作り、子供達にダンス披露、紙芝居、長縄跳びetcとバラエティーに溢れる内容で子供達と夢中で交流する光景がとても素敵でした。約5時間という滞在時間にもかかわらず、子供達をはじめ村のお母さん達もこのイベントに参加、ご協力いただき大変な盛り上がりとなりました。その後、バッタンバン市内にて地元の身障者バスケットボールチームとの懇親会となりました。曽田駐在員、現地スタッフのラタナ、ダラの手助けもあって、身障者とツアー参加者が楽しくコミュニケーションし、和やかな時間を過ごす事が出来ました。

4日目、コーントライの民家をツアー参加者6グループに別れて訪問しました。0910_15_1私のグループは石原和幸氏のスカラーシップを受けて高校通学しているチア・ダリンさん宅でした。家族総出で出迎えて頂き、ツアー参加者と一緒に昼食を作り、さながらホームパーティといった感じでした。とても美味しい昼食を頂いたり、採れたてのココナッツを頂いて、ダリンさん一家の方々には本当にお世話になりました。午後は、大変な悪路をようやく徒歩で辿り着いたトゥールポンロー中学校にて曽田駐在員に数学の公開授業を行ってもらい、私達も一緒に子供達に数学のドリルの手ほどきをしましたが、簡単な問題であっても解法が異なるため、教えるのに苦労しました。数学に関して言えばここの中学生は日本で言う算数レベルの内容しか学べていない事を実感しました。

5日目、ツアー参加者はアンコールワット観光でしたが、私とCMCメンバーの山田さんはシェムリアップ市内の、鬼一二三さんが運営されている日本語学校と、メアス・博子さんが運営されているスナーダイクマエ孤児院を訪問しました。鬼さんは朝からボランティアスタッフの受け入れで忙しくされていましたが、時間をとって頂き、お話させて頂きました。IMG_1351あのアキラ氏も鬼さんの教え子との事でした。また、この学校からオリンピックカンボジア代表を輩出したいと熱く語られていました。スナーダイクマエ孤児院では、メアス・博子さんは一時帰国でご不在でしたが、卒院生の日本語が堪能なラボさんに案内して頂きました。ここでは現在19名の孤児を受け入れているとの事でした。孤児となった主な要因は貧困そしてDVとの事でしたが、ここの子供達は皆とても明るく、現在は日本語の授業は行われていないにも関わらず、皆日本語で挨拶してくれました。毎年日本で絵画展を開催されているとの事でしたが、子供達の書いた絵は本当にとても素晴らしいものばかりでした。

夕刻となり夏休みツアー参加者をお見送りしました。皆さん本当に今回のツアーに満足されているご様子で何よりでした。素敵な思い出を沢山持ち帰られ、無事帰国された事を心から嬉しく思います。

CMC事務局 樋渡

 

2014年9月25日更新

トゥールポンロー中学校にて卒業式

9月14日(日)

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トゥールポンロー中学校での卒業式は、まだ2回目。今日は23人の卒業生全員含め104人が参加した。夏休み中としては凄い事だ。

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資金提供をしてくれた株式会社データ・マックスの児玉社長の名代鹿島譲二氏、CMCの私始め皆さんから卒業証書を手渡した。

卒業生の今後の頑張りが楽しみだ!

2014年9月24日更新

CMCコーントライ夢中学校にて卒業式

9月14日(日)

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シェムリアップを朝7時30分に発ち、シソポンでCMC現地責任者の曽田君と合流。10時にCMCコーントライ夢中学校着。
2008年佐世保青年会議所の支援で建設した中学校の4回目の卒業式に臨む。

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当時の理事長曽和英徳さんと副理事長一田晶壽さんにより、卒業生一人ひとりに卒業証書が手渡された。
今日、証書を手にした子達全員が高校に進学する。
将来の夢を尋ねると、医者になりたい子や歌手になりたいと言う子もいた。
はっきりと夢を言える事は素晴らしい!コーントライ「夢」中学校の存在意義、ここに有り。

2014年9月24日更新

ボップイ小学校校舎修繕

8月1日(金)

昨年の雨季の終わりごろ,ボップイ小学校の校長先生より「校舎のトタン屋根が古くなって傷んできており,修繕が必要」との知らせがありました。詳しく聞くと,「一部では雨漏りもがし,風が吹くとトタンがバタバタと音を立て,時に大きな音で恐怖も感じることもあり,授業にも支障が出ている」とのでした。その時は特に処置をすることもなく,しばらくして乾季に入ったので,問題を一時的に先送りにしていましたが,この度,本格化する雨季と重なる新学期に向けて,この長期休業期間の8月に修繕工事を行うことになりました。

屋根ほどの緊急性はありませんが,実は校舎の至る所が傷んでおり,今回せっかくの機会ですので必要な箇所は全て修繕しようということになりました。

トタン屋根。部分的にめくれあがっています。

トタン屋根。部分的にめくれあがっています。

教室内からとった屋根の一部。ここから雨漏りがします。

教室内からとった屋根の一部。ここから雨漏りがします。

教室の後ろの穴。校長,修理職人,CMCスタッフで校舎を回って欠損部分をチェックしています。

教室の後ろの穴。校長,修理職人,CMCスタッフで校舎を回って欠損部分をチェックしています。

業者から見積もりをとった後,ボップイ村村長宅にて村長,校長,CMCとで修繕のための資金集めや修繕後の管理などについて話し合いました。資金に関してはできる限り村で調達をし,不足分をCMCで支援するということになりました。

村長宅にて話し合い。

村長宅にて話し合い。

後日,村長宅に村人に集まってもらい説明会を行いました。しかし,集まったのはわずか16世帯。村長によると,ボップイ村の世帯数は元々100以上あるのですが,ほとんどの世帯が全員もしくは働き盛りの世代がタイヘ出稼ぎに行っており,残っているのはタイヘ出稼ぎに行った家族からの仕送りで何とか生活している老人や子供のみで,みなわずかな現金収入を頼りに何とか生活している状態とのことでした。

それでも,「わずかでもいいから学校のため,子どもたちのために協力して欲しい」との校長や村長のお願いに,村の人たちは快く応じてくれました。集まった金額は決して多くはありませんでしたが,村人が学校の問題を他人事ではなく,村の問題として受け止め,協力してくれたことはそれだけで大きな意義があったと思います。

村長宅にて説明会。ボップイ小校長から集まってくれた村人に協力をお願いしています

村長宅にて説明会。ボップイ小校長から集まってくれた村人に協力をお願いしています

集まってくれた村人たちが次々とお金をもってきてくれました。

集まってくれた村人たちが次々とお金をもってきてくれました。

皆嫌な顔一つせず,笑顔で協力してくれました。

皆嫌な顔一つせず,笑顔で協力してくれました。

先週土曜日より校舎修繕の工事が始まりました。現在着々と進んでいるところです。また近々,工事の様子や修繕が完成した報告をこの現地活動レポートにて行おうと思います。

文責:曽田実

2014年8月6日更新

パソコン技術訓練による障‌がい者収入向上プロジェクト③

7月16日(水)

プノンペンではウクとヴィチャットがCambodia Dairoku Inc.にて画像切抜きの訓練を受けていますが,ここバッタンバン事務所でも現在,興味のある人を募り,画像切抜きを体験してもらっています。

まずはダラがやり方を説明し,その後実際に自分で体験します。

まずはダラがやり方を説明し,その後実際に自分で体験します。

別の日には仲間を連れてきてくれました。皆バッタンバン市内にあるリハビリテーションセンターの知り合い同士です。どうしようか考えているという仲間がまだいるようですので,是非とも誘ってきてもらいたいものです。

別の日には仲間を連れてきてくれました。皆バッタンバン市内にあるリハビリテーションセンターの知り合い同士です。どうしようか考えているという仲間がまだいるようですので,是非とも誘ってきてもらいたいものです。

CMC事務所で用意した履歴書に履歴を記入してもらっています。画像切抜き業務をやっていきたいとの意思を表明された方には,今後できる限り事務所に来て練習をしてもらいます。ただしこの段階ではまだ採用ではなく,しばらくは仕事に見合う技能の習得と自己診断も含め適性のあるなしの見極めのための期間とします。

CMC事務所で用意した履歴書に履歴を記入してもらっています。画像切抜き業務をやっていきたいとの意思を表明された方には,今後できる限り事務所に来て練習をしてもらいます。ただしこの段階ではまだ採用ではなく,しばらくは仕事に見合う技能の習得と自己診断も含め適性のあるなしの見極めのための期間とします。

どんな職種にも当てはまることでしょうが,この業種も人によって向き不向きはあるようです。従って,これを生業としたいと思ってやってきた全ての人がこの仕事に従事できるとは限りません。しかし,それはやってみないと分からないもの。まずは,多くの人に来てもらい,体験してもらえたらと思います。そして,できるだけ多くの人にこの仕事に従事してもらえたらと思います。

文責:曽田実

 

2014年7月22日更新

パソコン技術訓練による障‌がい者収入向上プロジェクト②

7月10日(木)

前回のレポートで紹介したケ・ウクとヒン・ヴィチャット両名のパソコン訓練が,7月7日(月)よりプノンペンのCambodia Dairoku Inc.にて始まりました。以下訓練初日の様子をご報告いたします。

※Cambodia Dairoku Inc.内での写真は廣田社長の許可を得て撮っております。

朝6時,業務開始前に廣田社長から社員さんたちへウク,ヴィチャット両名の紹介とパソコン訓練の説明がありました。

朝6時,業務開始前に廣田社長から社員さんたちへウク,ヴィチャット両名の紹介とパソコン訓練の説明がありました。

奥側の2人がウク(左)とヴィチャット(右)。彼らのために集まってもらっているのですが,当の本人たちはやや引っ込みがち。早くここの職場に慣れ,社員さんたちとも仲良くなってもらえればと思います。

奥側の2人がウク(左)とヴィチャット(右)。彼らのために集まってもらっているのですが,当の本人たちはやや引っ込みがち。早くここの職場に慣れ,社員さんたちとも仲良くなってもらえればと思います。

CMCバッタンバン事務所から持ってきたパソコンを取り出しています。

CMCバッタンバン事務所から持ってきたパソコンを取り出しています。

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廣田社長の見守る中,訓練開始。

廣田社長の見守る中,訓練開始。

一人ずつ社員についてもらって指導を受けています。近くにいる他の社員さんたちにも協力してもらえるそうなので,2か月の訓練期間でしっかりとダイロクの社員さんたちの技術を吸収していってもらいたいものです。

一人ずつ社員についてもらって指導を受けています。近くにいる他の社員さんたちにも協力してもらえるそうなので,2か月の訓練期間でしっかりとダイロクの社員さんたちの技術を吸収していってもらいたいものです。

生活面も含め,慣れない環境で苦労もあるとは思いますが,2か月後のバッタンバンでの業務開始に向けてここでみっちり修行に励んでくれればと思います。

文責:曽田実

2014年7月12日更新

パソコン技術訓練による障がい者収入向上プロジェクト

7月2日(水)

6月27日(金),プノンペンのCambodia Dairokuにてパソコン事業の新スタッフの技能試験(適性試験)を行いました。応募者がもっといれば選抜試験となるところでしたが,候補者が2名だけだったので適性に問題なければ即採用ということにして,試験を実施しました。結果は2名とも適性に問題なしということで,即採用が決定しました。

採用は以下の2名になります。尚,写真はCambodia Dairokuで撮ったものですが,全て廣田社長の許可を得て撮影しています。

1.ケ・ウク/23才/バッタンバン州ソンカエ郡出身/先天性疾患により両腕が短い。手の指も2本ずつしかない。左足は義足。歩行はさほど問題はない。

ケ・ウク

ケ・ウク

2.ヒン・ヴィチャット/23才/バッタンバン州バッタンバン市出身/4~5歳の時に病気で下半身に障害が残った。特に左足が不自由。普段は車いす。手すりを使えば階段の上り下りは可能。

ヒン・ヴィチャット(右側)。ダイロク社員(左側)に画像切抜きの方法を教わっています。

ヒン・ヴィチャット(右側)。ダイロク社員(左側)に画像切抜きの方法を教わっています。

来週よりこの2名がCambodia Dairokuにて2か月間の訓練を受け,その後9月よりCMCバッタンバン事務所にて画像切抜き業務を行う予定になっています。前回の失敗を糧に,しっかり仕切り直して再出発しようと思います。

文責:曽田実

2014年7月8日更新

野球

6月25日(火)

今回は通常業務の話題から離れ,カンボジアの野球について書きます。日曜日,コンポントム州にある野球場(国道6号線沿い)に行ってきました。ここはカンボジアのナショナルチームが使用している球場で,私も数か月に1度,日本人チームのメンバーとして訪れてナショナルチームと交流試合をしています。今回は試合のためではなく,個人的に体を動かすために一人でふらっと訪れたのでした。

もっと近ければ毎週でも訪れるのですが,バッタンバンからはかなり遠いためなかなか来ることができないのが辛いところです。プノンペンには野球をする日本人や韓国人がいますし,聞くところによると最近では極々少数ですがカンボジア人の大学生(プノンペン)も野球をするようになってきているようです。しかし,如何せんカンボジアの野球認知度は低く,野球をする環境が非常に乏しいのが現状で(ましてバッタンバンは皆無),バッタンバンで生活する人(野球人)にとって出来ることと言えば,走り込みとバットの素振りくらい(バットは日本から持参)。最近では石造りのベンチを相手に軟式ボールでキャッチボールをする(ベンチにボールを当てて跳ね返ったボールを取る)ことがもっぱら楽しみとなっています。これがけっこういい練習になるんです。道行く人々からは奇異な目で見られますが・・・。

ナショナルチームは平日が練習日で,日曜日は休みになります。そこで,日曜日には地元の中学生,高校生が球場にやってきて野球の練習をしているようです。道具はナショナルチームのものを借りられるので,彼らにとっては(バッタンバンに住む私よりはるかに)恵まれた環境にいると言えます。練習にはナショナルチームから数名がコーチとして参加し,準備運動を始め守備やバッティングなどを指導していました。私もノックを受けさせてもらいました(そもそもノックを受けることがここに来た一番の目的)。

準備運動の様子。ナショナルチームが普段の練習で行っている準備運動と同じことをしています。

準備運動の様子。ナショナルチームが普段の練習で行っている準備運動と同じことをしています。

キャッチボール1。

キャッチボール1。

キャッチボール2。

キャッチボール2。

ライト線からセンター方向に向けてロング・ティー・バッティング。

ライト線からセンター方向に向けてロング・ティー・バッティング。

時折指導が入ります。

時折指導が入ります。

ナイスバッティング!!

ナイスバッティング!!

試合形式の練習。彼らはとにかく試合がしたかったようです。

試合形式の練習。彼らはとにかく試合がしたかったようです。

さて,ここで目につくのがセンターの守備位置後方にある大きな木。日中の陽射しが強いカンボジアではちょっと休むための木陰はとても大事です。それが理由かどうかは分かりませんが,少なくとも球場を建設した際にこの木は取り除かれることなく,外野の一部に組み込まれたようです。カンボジアらしいといえばらしいのですが,カンボジアの野球環境の整備はまだまだだなと実感させられます。打撃技術が上がり,センター後方への飛球が増えてくれば,そのうちこの木は危ないのだと認識してもらえるようになるのでしょう。とりあえず今のところは支障はないようです。

午前の練習を終え,近くの食堂で昼食。午後は2時過ぎから再び練習。練習と言っても過酷なものではなく,彼らにとってはただただ楽しい遊びです。

午前の練習を終え,近くの食堂で昼食。午後は2時過ぎから再び練習。練習と言っても過酷なものではなく,彼らにとってはただただ楽しい遊びです。

サッカーと比べて野球は道具や場所などの環境が整わないとなかなかできないものです。サッカーはある程度のスペースとボールさえあればできてしまうので(サッカーボールでなくても可),サッカーが普及し,野球が普及しないのも充分うなずけます。しかし,毎週野球の練習に来る中高生のように,野球に触れることのできる子たちは野球の楽しさを味わうことができるのです。こういうちょっとしたところから,野球を楽しむ子たちが増えていけば,いずれカンボジア全体にも普及していくのではないかと,ひそかに期待しているところです。

近々,ナショナルチームはプレアヴィヒアのチームと試合をするそうですプノンペンやシェムリアップといった外国人が多く住む都市部ではなく,地方都市のプレアヴィヒアにも野球チームがあるというのは意外でした。野球がまだまだ全然普及していないと前述しましたが,私が知らないだけで実はカンボジア国内での野球人口が少しずつ増えてきているのかもしれません。近い将来,サッカー場と並んで野球場も各地方にできる日が来るかもしれません。まずは野球という遊びが学生たちの間で広まる必要があるのですが,まだまだサッカー人気に圧倒される日々が続くのでしょうね。気長に待っていることにします。

文責:曽田実

2014年6月26日更新

パソコン技術訓練による地雷被害者・地雷原生活者収入向上プロジェクト⑤

612日(木)

2月2日に本事業の報告をしてからしばらく期間が開いてしまっていましたが,実はこの間に重大なことが起こっていました。一人でパソコン画像切抜き業務をしていたロン・チャンティが仕事を辞めてしまったのです。3月のことでした。その間報告が滞ってしまい大変申し訳ありませんでした。今回はこの件に関して事の顛末を報告するとともに現在の状況を報告いたします。

 

2月2日の現地活動レポートにて,ロン・チャンティが「辞めようかと考えている」と訴えてきたことを書きました。その後も,「自分は能力がないから,要らないと思ったら首にして下さい」と私に申し出てきたことがありましたし,また「パソコンを見ると頭が痛くなる・・・」等の不調を訴えてきたこともありました。このときは急激な環境の変化などによる一時的な精神不安だろうと考えていました。そしてそれからしばらくたった後,チャンティからの衝撃の告白により,真相が明らかとなりました。実は彼は地雷被害によって足を失ったのではなく,交通事故によって足を失ったというのです。貧困を抜け出すために地雷被害者であると偽って応募し,これまでずっとそれを隠しながら過ごしてきたが,嘘をついていることが苦しくなり,本当のことを話すことにしたのだそうです。

 

チャンティはバッタンバン市内にあるRegional Physical Rehabilitation Centerという施設の掲示板を見て応募してきました。ここは地雷・不発弾被害者をはじめ,交通事故やその他さまざまな理由で四肢に障害を負った人たちが義手・義足を作ったり訓練したりする施設で,チャンティも当時義足を調整するためにここに滞在していました。本プロジェクトが「地雷(もしくは不発弾)被害者の就職支援」を名目としていたことはチャンティ自身も認識しており,応募するにあたってそのことを施設職員に相談した際,「あえて止めないから自分の責任でやれ」と言われたそうです。

 

チャンティの実家は一度訪問したことがあるのですが,トタンで作られた小さな小屋と地主から借りたという小さな畑があるだけの大変貧しいものです。兄弟は皆別の土地で働いているといい,バッタンバンに来る以前はここでお母さんと二人で住んでいました。お父さんはすでになくなっているそうです。両足のないチャンティが実家にいて十分な収入を得ることは非常に難しく,そのうえ家(お母さん)はかなりの額の借金も抱えているそうです。チャンティは貧困を抜け出すために藁にもすがる思いで地雷被害者と偽って応募し,見事受かったのですが,結果として今度は貧困とは別の面で苦しむことになり,ずっと一人で葛藤していたようです。

 

プロジェクトの名目は「地雷被害者の就職支援」ですが,足を失った若者の就職支援という点において何ら変わるところはないですし,チャンティの勤務態度にも全く問題はなく,今後新たに入るスタッフの指導者としても期待できるため,彼の事情をすべて汲みとったうえで,CMCとして改めてスタッフとしてはたらくよう要請をしました。チャンティも1度はそれを受け入れ,改めてCMCスタッフとして働き出しましたが,やはり気持ちの上で居辛さもあったのか,結局辞めて実家に帰ってしましました。この辺りの彼の心情,本音は彼のみぞ知るところですが・・・。

 

ここで今回の件で浮き彫りになった問題点を改めて考えてみます。まずは地雷被害者であるという申告を充分に検証することなく受け入れてしまったことです(とは言っても検証はなかなか難しいものがありますが)。Regional Physical Rehabilitation Centerへは上記のとおり地雷・不発弾被害者を対象とした募集である旨は伝えてあり,施設からは了承をもらっていたので,まさかその施設から応募したチャンティがそのような状況であるとは思いもよりませんでした。もう一つの問題点は,カンボジアにいる障害者は地雷・不発弾被害者だけでなく,チャンティのように交通事故によって後遺症を残した人もたくさんいて,仕事もなく貧困にあえいでいるという点です。本事業は,長期的には地雷・不発弾被害者だけでなく全ての障害者への就職支援ということを視野に入れて展開していく予定でしたが,第1期生においてはプロジェクト名の通り地雷もしくは不発弾被害者を対象として募集をかけていました。これは仕事を求めている障害者にとっては無意味な差別化であったように思います。いずれにしても,今回の件に関してチャンティや施設側を責めることはできず,地雷・不発弾被害者か否かの検証が難しいという点においても,障害者支援という点においても,こちらの募集要件の方に問題があったと言わざるを得ません。

 

また本事業に全面的に協力して下さったCambodia Dairoku Inc.の廣田社長には大変なご迷惑とご心配をおかけしてしまいました。本当に申し訳なく思います。

 

さて,スレーン・ハイとロン・チャンティの2名を迎えて始まった本プロジェクトでしたが,結局2名とも辞めてしまい,画像切抜き業務のスタッフは誰もいなくなってしまいました。今回は結果的にうまくいきませんでしたが,この画像切抜き業務が四肢に障害を負った(主に足を失った)人たちにとって重要な就業モデルの一つであるという可能性はまだ捨てていません。今後は地雷・不発弾被害者ということに拘らず(今回のような不幸が起きないようにするためにも),広く障害者就業支援プロジェクトとして本プロジェクトを展開していく予定です。さらに今回の失敗にもかかわらず,Cambodia Dairoku Inc.廣田社長からは同様の協力を頂けるとのお言葉も頂きました。問題点をきちんと省み,態勢を立て直して再度本事業に取り組んでいけたらと思います。

 

‌そしてこの度,本事業を再開すべく新スタッフの募集をしており,現在2名のスタッフ候補がCMCの事務所にて画像切抜きの練習をしているところです。今月末には採用試験を行う予定です。そんな折,つい先日日本から強力な援護射撃がありました。篠原弦一さんという方がCMCバッタンバン事務所にパソコンを寄贈してくださったのです。まさに渡りに舟,パソコン事業にパソコン!!

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篠原さん(中央)とスタッフ候補生。

6月3日(火),篠原さんがCMCバッタンバン事務所を訪問してくださり,新スタッフ候補生の練習の様子をご覧になられました。篠原さんからは新品のパソコンとともに暖かい励ましの言葉も頂きました。物心両面のご支援を頂き,本事業を進めて行く上で大変大きな励みとなりました。今後とも本事業を長い目で見守っていただければ幸いです。本当にありがとうございました。

篠原さんとともにスタッフみんなで夕食会を開きました。残念ながら篠原さんとはこの夕食会でお別れとなってしまいましたが,その別れ際,スタッフからも篠原さんの支援に対する感謝の言葉を口にしておりました。

篠原さんとともにスタッフみんなで夕食会を開きました。残念ながら篠原さんとはこの夕食会でお別れとなってしまいましたが,その別れ際,スタッフからも篠原さんの支援に対する感謝の言葉を口にしておりました。

 

文責:曽田実

2014年6月13日更新

地雷・不発弾危険回避教育⑯ ~新年度事業始動,新スタッフ加入~

6月5日(木)

前回の報告で,昨年度のMRE(地雷・不発弾危険回避教育)を総括しました。今年度も昨年度に引き続きMREを実施することが決まっており,すでに動き出しています。内容は昨年度とほぼ同様のものですが,昨年度の反省を生かしてより充実した活動にしていけたらと考えています。以下に,今年度の地雷・不発弾危険回避教育事業の概要をまとめます。

                             

◆事業名

地雷・不発弾危険回避教育,人権教育,平和教育

※人権教育及び平和教育は地雷・不発弾危険回避教育に付随するものであり,通常は「地雷・不発弾危険回避教育」と称す。

◆事業目的

1.現在,そして将来において一切の地雷・不発弾事故を撲滅する。そのためにも,子どもたちが地雷・不発弾の危険性をきちんと認識し,遭遇した際の適切な対処法を養い,さらには将来その子供たちが大人になったときに,自分の子どもや地域の子どもたちに適切に指導できる資質を養う。

2.地雷・不発弾被害者をはじめとする障害者の方々が抱えている苦労や悩みを子どもたちに理解してもらい,障害者に対する差別・偏見をなくす。

3.地雷・不発弾の問題を通して,平和を貴ぶ心を養う。

◆事業実施地

カンボジア国バッタンバン州,パイリン特別市,バンテアイミエンチェイ州

                             

さて,先週CMCに新しいスタッフが1名加わりました。名前はトゥアン・ラタナ,現スタッフのラブットと同じ大学・学科の学生です。

トゥアン・ラタナ,22歳

トゥアン・ラタナ,22歳

先週1週間は見習い期間として,ラブットがCMACや各地の役場へMREの活動申請を行うのに同行してもらいました。そして今週から本格的に業務に携わってもらっています。新スタッフとともに,今年度のMRE事業を昨年度以上に充実させ,発展させていけたらと考えています。

事務所前にて。

事務所前にて。

 

文責:曽田実

2014年6月7日更新

地雷危険回避教育⑮

5月27日(火)

昨年度,当団体で実施した地雷危険回避教育について,最終報告をいたします。

●事業概要

・名称 
地雷原エリアの小学校・中学校における,地雷・不発弾回避と障害者人権の理解を目的とした教育活動

・事業の目的
1)地雷・不発弾の危険性を啓蒙し,特に子どもたちの新たな地雷・不発弾被害を減少させる

2)地雷・不発弾被害者をはじめとする障害者の方々が抱えている苦労や悩みを子どもたちに理解してもらい,障害者に対する差別・偏見をなくす。

・対象地
バッタンバン州,パイリン特別市,バンテアイミエンチェイ州

●事業の振り返り

・事業の結果

<5月>
本事業実施に当たり,カンボジア政府直轄の地雷撤去機関であるCMACに協力を依頼し,承諾をもらう。CMACMRE担当者より「MREは男女1名ずつのペアで実施するのがよい」との指示を受け,男性1名女性1名を募集し,筆記試験及び面接試験にて選考。ラブット,ソカーをMREスタッフとして,またMREスタッフの選考には漏れたがここでCMCスタッフとしてダラーを選考した。

事務所にてMREスタッフ採用試験

事務所にてMREスタッフ採用試験

左からダラー,ソカー,ラブット

左からダラー,ソカー,ラブット

<6月>
CMC事務所にてCMAC担当者による「地雷・不発弾」や「MRE」についての講義を実施。また,カンボジア西部の中からMREの必要性が高い地区を選定。選定した地区は以下の通り。

・バッタンバン州ラタナックモンドル郡

・バッタンバン州コックロロー郡

・バッタンバン州ソムロート郡

・パイリン特別市パイリン郡

・パイリン特別市サラークラウ郡

・バンテアイミエンチェイ州オーチュラウ郡

・バンテアイミエンチェイ州マライ郡

<7月> 
MRE
実施の対象となる州教育局,郡教育事務所,郡役場へ活動申請を行う。申請が受理された後,活動地区を調査,実施地区()を選定する。※バンテアイミエンチェイ州は11に申請し,受理された。

役場や教育事務所への活動申請

役場や教育事務所への活動申請

<8月~9月>
学校へ通っていない子どもたちを対象としたMRE活動を実施。実施した地区の村の数及び子どもの数は以下の通り。ただし,この中には実際は学校へ通っている子も少なからず含まれている(詳細は不明)。

・バッタンバン州ラタナックモンドル郡;5170

・バッタンバン州コックロロ-郡;497

・バッタンバン州ソムロート郡;461

・パイリン特別市パイリン郡;10198

・パイリン特別市州サラークラウ郡;5136

学校に通っていない子を対象としたMRE活動(写真はラタナックモンドル郡トラエン町プチエウ村)

学校に通っていない子を対象としたMRE活動(写真はラタナックモンドル郡トラエン町プチエウ村)

<10月>
活動地区の学校調査,実施学校の選定

<11月~1月>
小・中学校にてMRE活動を実施。実施した各地区の学校数及び児童・生徒数は以下の通り。

・バッタンバン州ラタナックモンドル郡;小学校4校200人,中学校1校117

・バッタンバン州コックロロ-郡;小学校4校183人,中学校171

・バッタンバン州ソムロート郡;小学校2校107人,中学校1校188

・パイリン特別市パイリン郡;小学校4校340人,中学校2校157

・パイリン特別市州サラークラウ郡;小学校4校480人,中学校1校137

・バンテアイミエンチェイ州オーチュラウ郡;小学校4校196,中学校1校99

・バンテアイミエンチェイ州マライ郡;小学校5校473人,中学校1校123

小学校でのMRE。写真はラタナックモンドル郡プームカンダール小学校。

小学校でのMRE。写真はラタナックモンドル郡プームカンダール小学校。

中学校でのMRE。写真はサラークラウ郡ソンテピアップ中学校。

中学校でのMRE。写真はサラークラウ郡ソンテピアップ中学校。

<12月~2月>
人権教育用冊子500冊作成およびモニタリング調査。モニタリング調査は地雷・不発弾の危険回避などに関して,小学生用(1年生~6年生用)及び中学生用(7年生~9年生用)2種類の問題用紙を作成してそれぞれ実施。

小学生用試験は以下の2問。

第1問(左側);地雷を表す記号もしくは目印を絵の中から選ぶ問題(正解は3つ)

第2問(右側);地雷に遭遇した時の対処を絵の中から選ぶ問題(正解は3つ)。

小学生用試験用紙

小学生用試験用紙

■小学校27校で実施したMRE及びモニタリングの学年毎の結果

小学校 1 2 3 4 5 6 合計
MRE受講数 243 261 313 425 416 321 1979
モニタリング受講数 183 185 267 418 431 278 1762
問題1の正答率(%) 97.8 95.4 96.1 96.2 94.6 97.1 97.0
問題2の正答率(%) 93.9 76.3 93.6 87.3 85.7 93.8 89.3

 

2問とも基本的な知識を問うものであり,全員が正解すべき問題である。結果を見る限り概ね出来ているものと見なせる。第2問はやや正解率が下がっているが,地雷に遭遇した時の対処として,「周辺の草取りをする」「周辺の掃除をする」「目印になる木を植える」「ゴミ箱に捨てる」などの選択肢を選んだ児童がある程度いたことによる。「歌う」「踊る」「絵を描く」を選んだものもいたがそれらはそもそも問題を理解していないと考えられる。

中学生用試験は以下の5問。

第1問(左中);地雷・不発弾に遭遇した時の対処を問うもの(記述回答)。

第2問(左下);カンボジアに存在する地雷の種類数を問うもの(4つの中から選択)。

第3問(右上);第3問はカンボジア国内に敷設されている地雷の数(推定値)を問うもの(4つの中から選択)。

第4問(右中);地雷を表す3つの目印もしくは記号の名称を問うもの(記述)。

第5問(右下);今回MREを受講した感想。

中学生用試験用紙。

中学生用試験用紙。

■中学校8校で実施したMRE及びモニタリングの学年毎の結果(第1問と第5問は省略。)

中学校 1 2 3 合計
MRE受講数 384 310 198 892
モニタリング受講数 375 276 195 846
質問2正答率(%) 90.7 84.4 89.7 88.4
質問3正答率(%) 62.9 80.4 82.1 73.0
質問4-1正答率(%) 98.4 98.9 97.9 98.7
質問4-2正答率(%) 98.9 98.6 97.9 98.6
質問4-3正答率(%) 98.9 98.2 97.4 98.3

 

 中学生へはやや踏み込んだ問題を用意したが,ここでも概ね出来ていた。ただし,地雷被害を防ぐための知識を問うのが趣旨であり,よほどひどいものでない限り(何が言いたいかこちらが読み取れれば)誤字脱字等は大目に見て正解とした。

・事業結果についての評価(所感、および反省点など)

子どもたちに地雷・不発弾の危険性を啓蒙するという目的のもと,対象地区において小学校27校,中学校8校で延べ2800人以上(8~9月の学校へ行っていない子どもを対象としたMREを含めれば延べ3000人以上)の子どもに対して無事にMREを実施できました。また村長や学校の校長,クラス担当の先生など子どもを指導する立場の人にも活動を理解してもらい,協力してもらえたことは,今回のMRE事業が一過性のものに終わらないようにするためにも良かったといえます。ただしクラス担当の先生が皆立ち会ってくれたわけではなく,そこは反省点となります。

担任の先生も前に出て説明を加えてくれています。写真はコックロロー郡プレアポ小学校。

担任の先生も前に出て説明を加えてくれています。写真はコックロロー郡プレアポ小学校。

またアンケート調査から子どもを取り巻く環境が一部ではありますが見えたことも今後の対策に繋がります。以下にアンケート調査結果を示します。括弧内は各学年での割合(地雷もしくは不発弾を見たことがある児童・生徒数÷児童・生徒数)です。

小学校全27校 中学校全8校
学年 1年 2年 3年 4年 5年 6年 7年 8年 9年
児童・生徒数 243 263 311 425 416 321 384 310 198
地雷を見たことがある児童・生徒数 31
(13%)
59
(22%)
119
(38%)
184
(43%)
219
(53%)
176
(55%)
213
(55%)
211
(68%)
102
(52%)
不発弾を見たことがある児童・生徒数 46
(19%)
68
(26%)
94
(30%)
165
(39%)
211
(51%)
135
(42%)
195
(51%)
187
(60%)
96
(48%)

この調査はMRE実施時に子どもたちにアンケート用紙を配り,各自記入してもらったものです(小学1,2年生の多くはまだ字が書けないのでMREスタッフや先生が代筆しました)。子どもたちのほとんどがこのようなアンケート調査に慣れていない中,MREスタッフが丁寧に巡回指導を行って子どもに記入させましたが,正確にこちらの意図を理解していない子どもも少なからずいました。従って,数値自体は正確性を欠いていると言わざるを得ません。それでも実態を探る上で大いに参考になりました。実際,アンケート調査で不発弾を見たことがあると回答した子どもに不発弾の落ちている場所を教えてもらい行ってみたことがありましたが,確かにそこには不発弾が転がっており,それも村人や子どもたちが頻繁に往来するごく普通の道路わきの草陰でした。

写真中央,木の葉の間から不発弾(瓶のような形)が見えます。場所はコックロロー郡チュナルモアン町ソムラオン村

写真中央,木の葉の間から不発弾(瓶のような形)が見えます。場所はコックロロー郡チュナルモアン町ソムラオン村

またアンケート調査を通して,情報共有や子どもたちへの意識づけもできました。地雷・不発弾撤去作業は優先順位もあり,すべての地雷・不発弾を見つけ次第一気に撤去できるものではありません。それゆえ,その存在を皆で共有することはとても大事です。子どもたちには改めて「身近に存在するその物体が危険なものである」ということと「危険な爆発物が身近に存在する」ことを意識させることができました。

地雷を見たことがある子たちに自分が見たという地雷を一斉に指さしてもらった。多くの子が地雷及び不発弾を見た経験を持ち,なおかつその種類も様々あるようだ。写真はコックロロー郡ソムラオン小学校。

地雷を見たことがある子たちに自分が見たという地雷を一斉に指さしてもらった。多くの子が地雷及び不発弾を見た経験を持ち,なおかつその種類も様々あるようだ。写真はコックロロー郡ソムラオン小学校。

・本事業の中長期展望(計画)

地雷撤去機関による地雷・不発弾の撤去は着実に進んでおり,地雷事故件数は年々減少しています。また,住民の地雷・不発弾に対する危機意識もかなり進んでおり,一時期の悲惨な状況からは大幅に改善してきています。しかし,地雷・不発弾事故が無くなったわけではなく,いまだに事故は発生しています。撤去されていない地雷・不発弾はまだ相当数残っており(400万~600万と言われている),事故の危険性がなくなったとは到底言えません。実際,かなりの数の子どもが地雷もしくは不発弾を見たことがあると証言していることからも,地域住民にとっては地雷・不発弾は身近な存在であり,常にその意識を持って生活する必要があります。

下表はカンボジア地雷/不発弾被害者情報センターが月ごとに公表している地雷・不発弾被害者数(http://www.cmaa.gov.kh/e_library.php?catid=12)をMRE対象地区における年度別地雷・不発弾被害者数としてまとめたものです。一時的な増加はあるものの年々着実に減少しているのが分かります。しかし,MRE事業を実施した今年度についてみてみると,残念なことに6歳から18歳まで(カンボジアにおける学齢期の子ども)の被害者数はMREを実施した今年度は昨年度の9人から13人に増加しています。しかもこの中には興味本位で不発弾を触った(叩いた)ために死亡したケースも含まれます。事故に遭った13人は今回のMREは受講していなかったようですが,それでも啓蒙活動を行っているすぐ近くの地域で子どもが事故に遭ったという事実は重く受け止めなければなりません。我々としては,啓蒙活動を続けることで状況の改善は図っていくほかありません。

表.年度別地雷・不発弾被害者数

年度 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
全国の被害者数 630 411 340 272 229 285 223 147 133
MRE対象地区の被害者数 204 95 76 109 40 73 47 52 36
MRE対象地区のこども被害者数(6~18 36 19 26 34 10 14 13 9 13

 

※今回のMRE事業に合わせて,日本の年度でまとめています。例えば,2013年度は20134月から20143月まで。

 ほとんどの子どもは家族や先生から何らかの形で地雷や不発弾の話を聞いており,知識としては持っています。特に小学校3年生と5年生の社会科の学習の中で,「地雷」について扱われている単元があり,それが「地雷」について学ぶ貴重な機会となっています。しかし,これは防災訓練のように適切な対処方法を学ぶというレベルではありません。日本の学校が定期的に防災訓練を行うように,カンボジアも定期的に注意喚起と防災対策を目的として,MRE実施することが望ましいように思いますが,カンボジアの学校現場においては,教師個人がいろいろと話して聞かせるということはあったとしても,学校としてそのような活動を行うことはありません(教育省の鶴の一声で突然始まるということは可能性としてあり得ますが)。それ故に,MREのような課外活動はCMACなどの地雷撤去機関やNGOがその役を担うことになるわけです。

 またこのMRE活動の中では,危険回避教育と併せて,地雷被害者への偏見や差別をなくすための人権教育の要素も盛り込んでいますが,さらに踏み込んで平和教育にもつなげていけたらとも考えています。世界有数の地雷被害国としての教訓をもとに,問題を風化させることなく,同じ過ちを繰り返さないという思いを子どもたちに持ってもらい,それが脈々と受け継がれるような環境作りをこの事業の中で目指していきたいところです。今回,CMCは初めてMREを独自に実施しましたが,回数を重ねるごとに修正を加え改善していき,MREの一つのモデルができつつあります。今年度も引き続きこのMRE事業を行うことになっており,昨年度の反省を生かしながらより充実したMRE事業を展開できればと考えております。

文責:曽田実

2014年5月27日更新

現地インターンレポート(3)

5月17日(土)

こんにちは、現地インターンの倉持です。現地インターンレポート第3回目、そして最終回になります。

今週は、主に3つの仕事がありました。一つ目は、地雷・不発弾被害者統計データ(カンボジア政府が公表しているデータ)から、CMCの活動対象地域を抽出した表の作成です。スタディツアーの時には、地雷・不発弾事故が頻繁に起きているという印象を持ちました。しかし、実際にデータを見てみると地域差はありますが、年間数件程度とそこまで被害が多いわけではないということがわかりました。また、被害者の中には地雷・不発弾危険回避教育(MRE)を受けたにも関わらず、被害に遭ってしまった人がいました。この事実はMREの在り方を問う、とても興味深いものとなりました。

二つ目は、MREのモニタリング調査で行なったテスト結果の集計です。小学校・中学校ともに、どの学年も正答率は高く、危険回避に関する知識の定着がうかがえました。モニタリング調査を通して、小学校低学年では自分の名前が書けない、テストの意味を理解しきれていない、どの学年にも共通している事としては、みんなで一緒に問題を解く(いわゆるカンニング)ため間違えるところが一緒、授業の開始時間があいまい等、カンボジアの教育に関してさまざまな問題も見えてきました。

テストをしている様子

テストをしている様子

そして三つ目は、スタッフ3名(ラブットさん、ダラーさん、ウクさん)のお宅訪問。今週は、祝日が多くスタッフはお休みで家にいるため突撃!お宅訪問をすることになりました。旅行やインターンでカンボジアに来ていても一般家庭をみる機会は中々ないので、貴重な体験となりました。スタッフのラブットさんの家を訪問した際、お父さんにカンボジア人っぽいと言われました。別の場所でもカンボジア人?と聞かれることが何度かありました。カンボジア人に、カンボジア人か?と言われるのはなぜでしょう?肌が焼けて黒いから?醸し出す雰囲気?骨格?理由が何にせよ、カンボジア人と間違われるという事は、カンボジアにとけ込めているという事にしておきます。

畑に行ってマンゴーを採ってきてくれたラブットさん、美味しくいただきました

畑に行ってマンゴーを採ってきてくれたラブットさん、美味しくいただきました

驚いたことシリーズ第三弾!!とある週末。仕事がお休みなので、朝ゆっくり起きようと思っていたのですが、大音量の音楽で朝6時頃に目が覚めました。2、3時間経っても鳴り止まないので外に出て音源がどこなのか確かめることにしました。ホテルの外に出てみると、目の前に着飾った人たちの大名行列。みんな手に何か持っていて、中には楽器を演奏しながら歩く人までいます。ホテルのスタッフに尋ねると、「あれは、結婚式をしているのだよ。」と教えてもらいました。日本の結婚式とは雰囲気が違うのかな?それにしても、一日中大音量の音楽は…。機会があれば一度、カンボジアの結婚式に出てみたいものです。

宿泊しているホテルの目の前に大名行列が

宿泊しているホテルの目の前に大名行列が

テントの中に次々と人が吸い込まれていきます

テントの中に次々と人が吸い込まれていきます

もう一つは、アイスコーヒー。一見普通の?日本でもよく見るアイスコーヒーですが、添えてあるものに注目です。ストローはまだわかりますが、なぜかスプーンが…。かき混ぜるならストローで十分、氷でも食べるのかな?と思いながら一口飲んでみました。『ジャリ』という舌触り。大量の砂糖が沈んでいました。カンボジアでは砂糖入りがスタンダードだそうで、大量の砂糖を溶かすためのスプーンだったようです。それにしても溶けきらないほどの砂糖、一体どれだけ入れているのでしょうか。甘党の私としてはとっても好みの飲み物ですけどね。

氷たっぷり、砂糖たっぷりのアイスコーヒー

氷たっぷり、砂糖たっぷりのアイスコーヒー

この他にも、まだまだ沢山驚いたことがあります。日本では見たことのない毒々しい色をした20cm以上あるトカゲ、100円均一ショップのカンボジア版2500R均一ショップ(1$=約4000R)等々、書ききれないのがとても残念です。是非、カンボジア訪問した際に自分で発見してみてください。

早いものでカンボジアに来てから一か月が経ちます。インターンを始める前は若干の不安があったものの、いざ来てしまったら一か月あっという間に過ぎていきました。現地インターンとして様々な業務に携わらせて頂いて、間近で活動を見ることが出来て、とても充実した一か月となりました。支援する側、支援される側という立場は乗り越えることが出来ませんが、寄り添うことはでき、いかに寄り添って本当に必要とされている支援が出来るかが大切という事を学ぶことが出来ました。また、現場の声を正確に本部に伝えてしっかりと活動をバックアップしてもらうことの重要性を実感しました。さらには現場での苦悩や葛藤も垣間見ることが出来て、これから国際協力に携わっていきたい身としてはとても参考になりました。クメール語ですが、いくつか単語を覚えることが出来ました。大半が料理名な気がしますが…。日本にいてテキストと向き合って勉強するよりも、カンボジアに来て実際に使っていく方のが、覚えが早いように感じます。使ってなんぼ!実戦練習が一番!ということがよくわかりました。帰国してからもクメール語勉強したいと思います。

くらもちゆうか をクメール語で

くらもちゆうか をクメール語で

最後になりましたが、現地インターンとして学びの場を提供してくださったCMCさんに感謝しています。特に、現地事務所でサポートをしてくださった曽田さん、スタッフの皆さん、ありがとうございました。オークンチュラン!!CMCで得たことを今後に活かしていきたいと思います。

事務所にて、みんなで記念撮影

事務所にて、みんなで記念撮影

 

2014年5月20日更新

現地インターンレポート(2)

5月12日(金)

前回に引き続き、現地インターンの倉持がレポートします。今回は、5月5日(月)~9日(金)までの5日間分の業務報告をいたします。

5月5日(月)、スタッフのラブットさんとCMCが行っている地雷・不発弾危険回避教育のモニタリング調査のため小学校を訪問しました。モニタリング調査とは、危険回避教育の授業をしてから1~2か月後に再度訪問し、知識が定着しているかを簡単なテストでみるというものです。本来であれば、このモニタリング調査は3月までに終える予定でしたが、諸事情でこの時期に行うことになりました。しかし、学校に到着してみると休校。そのため、別の日に再度訪問することになりました。

5月6日(火)、スタッフも揃って事務作業の日。しかし開始早々、停電。電気屋さんを呼んでみてもらいましたが、すぐには直らないようです。ひとまず、スタッフと事務用品の買い出しに行き、事務所に戻ってからは限られた電力の中で、領収書の整理を行いました。

修理をする様子をスタッフも心配そうに見守っています。

修理をする様子をスタッフも心配そうに見守っています

5月7日(水)、曽田さんとコーントライ中学校に追加書籍と清掃用具を届けに行ってきました。帰りは少し遠回りをして、ポイペト(タイからの入国ゲートがある街)を見学して、パイリン経由(タイ国境沿い)で新しく出来た工場を写真に撮り、記録しながら帰宅しました。

5月8日(木)、CMCが行っている障害者就業支援のスタッフ募集のチラシ配布のためにスタッフのダラーさんと農村巡りをしました。障害者就業支援とは、障害を負ってしまって農村での就業が難しい人たちに、パソコンを使って画像の切り抜き作業をしてもらうというものです。いざ、村長のお宅を訪問したら不在で、村を探しまわったり、途中でタイヤがパンクしたり、ぬかるんだ道のためバイクを降りて歩いたりと、ハプニングが多々ありましたが、すべて含めてよい経験になりました。

村長にポスターを渡して説明をするダラーさん(右)

村長にポスターを渡して説明をするダラーさん(右)

5月9日(金)、ラブットさんと月曜に訪問した学校に再訪問。この日は授業があり、3クラス分調査することが出来ました。テストは回収して後日集計をするそうです。午後には、障害者支援の面接に来た方がフォトショップを使って画像切り抜きの練習をしてみるところ、書類を書くところを見学させてもらいました。

生徒たちに説明をするラブットさん

生徒たちに説明をするラブットさん

ここで、業務外ではありますが、バッタンバンに来たらこれは体験すべき!というものを紹介したいと思います。その名は『バンブートレイン』。バッタンバンに線路は通っているものの、バス、トゥクトゥク、バイク等の交通手段が発達したため、現在、電車は走っていません。いまは使われていない線路に、床が竹でできたトロッコに小型エンジンをつけた乗り物を走らせています。乗ってみると、草木の中を駆け抜けて行き、とっても心地良い。線路の継ぎ目がずれているのでガッタン、ゴットンとすごい振動が来ます。行きは快晴の中を走っていきましたが、帰りはスコールに遭ってしまいずぶ濡れになりました。全部含め、いとをかし。

ラブットさんとバンブートレインに乗って記念撮影

ラブットさんとバンブートレインに乗って記念撮影

どこまでも続いていそうな線路

どこまでも続いていそうな線路

そして今回も前回同様に、驚いたことシリーズ(勝手に命名)を2つ紹介したいと思います。まずは、これ。見たときの衝撃といったら、もう…。これは、コンテオトリン(日本語でタガメ)。カンボジアでは、コオロギやクモ、ヘビ、タガメなど虫を食べる習慣があり、メジャーなおやつになっているそうです。日本でも、イナゴの佃煮を食べる習慣はありますが、ちょっと食べるのに勇気が必要。私は勇気が無くて食べていません。胃腸に自信があり、勇気がある人は是非カンボジアの食文化に触れてみてください。

コンテオトリン、素揚げなので見た目はそのまま。今にも動き出しそう…

コンテオトリン、素揚げなので見た目はそのまま。今にも動き出しそう…

ふたつ目は、動物。カンボジアでは犬・猫・ニワトリ・牛をよく見かけます。その中でもニワトリに注目。私は日本で、ニワトリとヒヨコは見たことがありましたが、その間の成長過程を見たことがありませんでした。カンボジアで初めてニワトリとヒヨコの間の生物を見ることができました。カンボジアでは、車やバイクが凄いスピードで行き来する道を平然と横切る牛、食事をしていると足元にすり寄ってくる猫、道端でお昼寝をしている犬、日常生活の中でたくさんの生き物を見ることが出来ます。

動きが早いので撮るのが大変

動きが早いので撮るのが大変

早いもので、カンボジアに来て2週間。今週は、バイク移動が多かったです。最初は怖くて、両手でがっちり力を入れて摑まって乗っていたので身体のあらゆるところが痛くなってしまっていたのですが、この1週間でだいぶ慣れました。田舎道(アスファルト整備されていないデコボコ道)も、楽しんで乗っています。むしろ、田舎道の方がアトラクションのようで楽しいかも?と思うようになった今日この頃。

時にはこんな道を進まなければ行けないことも

時にはこんな道を進まなければ行けないことも

インターンも折り返し、事務作業や外回りをしてようやくCMCの活動全体を把握出来てきました。クメール語は挨拶適度しか出来ないのでスタッフとの外回りの際など、コミュニケーションに、やや?だいぶ?問題はあるけれど、なんとなく雰囲気とジェスチャーで…。クメール語、帰国するまでにボキャブラリーを増やせればと思います。

2014年5月12日更新

現地インターンレポート(1)

5月2日(金)

はじめまして、現在大学4年の倉持 祐香(くらもち ゆうか)です。

事務所にて

事務所にて

2014年04月21日から約1か月間現地インターンをさせて頂くことになりました。今回は、なぜカンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)でインターンをすることになったのかの経緯も含めて、簡単に自己紹介をしたいと思います。

大学では国際社会学を専攻しており、「児童労働問題」「地雷問題」「難民問題」等、さまざまな国際問題について学んできました。しかし、私にとってそれらの問題は『紙の上の出来事』『遠い国(外国)で起きている問題』でしかありませんでした。そして、「私とは無関係な問題?」「NGOって、どんな活動をしているの?」「 私にできる関わり方って?」と答えを模索する日々を過ごしていました。

そんな時に、2011年03月11日東日本大震災が起こりました。震災後、すぐに福島県双葉町の方々が私の地元に避難してくることになりました。私は衣食住のサポートをするボランティアを行いました。そこでは誰かに言われてから行動するのではなく、自分から作業を見つけて動き、仲間と共に協力して、より生活がしやすくなるようなサポートを心がけました。そして、「自分から動かなければ何も始まらない!受け身でいてはだめ!」という教訓を得ました。

色々と調べていくうちに、NGOにもインターン制度があるということを知りました。そして将来、自分が国際協力とどう関われるのかをじっくり考えるために休学をしてインターンをすることにしました。

昨年は日本国際ボランティアセンター(JVC)東京事務所で1年間インターンをさせて頂きました。実際に国際協力の場に足を踏み入れてみると、視野がグッと広がり、自分の関心分野も少しずつ絞れてきました。また、日本国内で現場を支える活動を間近で見ているうちに、今度は国外の現場での活動も見たいという思いが湧いてきました。

カンボジア地雷撤去キャンペーン(CMC)との出会いは昨年12月のスタディ・ツアー。私の関心分野の一つが「地雷問題」です。スタディ・ツアーでは、地雷撤去団体による地雷・不発弾の処理、義足リハビリセンター訪問、アキラ地雷博物館訪問、CMCが行っている地雷・不発弾危険回避教育の授業、地雷被害者の方から話を聞く等あらゆる角度から地雷問題を見ることができるということですぐに応募したのを覚えています。

参加してみて、CMCは現地の人との距離がすごく近く、寄り添って活動しているなという印象を受けました。そして、現地スタッフとの連携の取り方、現場での信頼関係の構築のプロセス等をもっと間近で時間をかけてみてみたいという気持ちが湧いて、現地インターンとしてお世話になることとなりました。

カンボジアに来て1週間。前回カンボジアに来たときは12月だったので比較的過ごしやすかったのですが、今の時期は日本とは比べようもない暑さ。到着直後は暑さにやられてヘトヘトでしたが、1週間経ってようやく身体が慣れてきました。こまめな水分補給、1日3回の水シャワーは欠かせません。

そして、カンボジアには驚かされることが沢山。今回は2つ紹介したいと思います。

まずは、交通事情。こちらでは自転車で移動をしているのですが、とってもスリリング!ぶつからないようにキョロキョロしながら、そして大量のクラクションを浴びながら毎日ホテルと事務所を往復しています。ふたつ目は、食べ物。珍味?孵化寸前のアヒルの卵をゆでたポンティア・コン、貴重なタンパク源です。カンボジアの人に食べ方を教わって、いざ実食!味は玉子の味なのですが、見た目が…。カンボジアに行ったら一度は食べておきたいもの。私は一度食べれば、もういいかな…。

これからも色々な発見がありそうでワクワクしています。残り3週間、カンボジア文化にどっぷりと浸りながら業務をしていきたいと思います。 

初、自転車移動。プノンペンにて

初、自転車移動。プノンペンにて

ポンティア・コン。写真が、ブレてるのは怖さから?

ポンティア・コン。写真が、ブレてるのは怖さから?

2014年5月7日更新

佐世保青年会議所メンバー コーントライ夢中学校訪問

4月27日(日)

4月25日(金),佐世保青年会議所のメンバー10名がコーントライ夢中学校を訪問されました。清掃活動や折り紙紹介,カルタ遊びなどを通して生徒たちと楽しく交流しました。

清掃活動の様子。校舎周辺に落ちているごみを拾いました。

清掃活動の様子。校舎周辺に落ちているごみを拾いました。

カルタ遊びの様子。佐世保青年会議所の方々がコーカルタ遊びの様子。佐世保青年会議所の方々がコーントライ中学校の生徒用にアレンジして作ったカルタで遊びました。

カルタ遊びの様子。佐世保青年会議所の方々がコーカルタ遊びの様子。佐世保青年会議所の方々がコーントライ中学校の生徒用にアレンジして作ったカルタで遊びました。

今回の訪問に当たり,佐世保青年会議所より辞書や小説などたくさんの書籍が寄贈されました。

贈呈式。佐世保青年会議所の山下理事長より校長先生に辞書が手渡されました。

贈呈式。佐世保青年会議所の山下理事長より校長先生に辞書が手渡されました。

図書室には購入したばかりの本が所狭しと並べられ,早速生徒たちは本を手に取って読んでいました。

真新しい本がたくさん並んだ図書室で読書を楽しむ生徒たち。

真新しい本がたくさん並んだ図書室で読書を楽しむ生徒たち。

近年,都市部ではカンボジア語で書かれた絵本や実用書などの本がどんどん出版されており,子どもも含め,多くの一般人が手軽に読書をしたり知識を深めたりできる環境が整ってきています。しかし,コーントライ村のような都市部から離れた田舎では,そのような本を売っている書店はありません。今回の図書の寄贈により,コーントライ中学校の生徒たちが読書に親しんだり主体的に知識を取り入れたりすることで,日々の学習やさらには中学校生活が充実したものになることを期待しています。

みんなで記念撮影。

みんなで記念撮影。

文責:曽田実

 

2014年4月28日更新

クメール正月

4月20日(日)

前回のレポートでも書きましたが,4月14日(月)から16日(水)の3日間はカンボジア国の正月,いわゆる『クメール正月』でした。この期間,プノンペンは住民の多くが帰省していて閑散としますが,バッタンバンでは連日プノム・ソムパウやコンピン・プオイなどの観光地が多くの人でにぎわいました。

プノム・ソムパウの入口。多くの人でごった返しており,警察も臨時で交通整理をしています。

プノム・ソムパウの入口。多くの人でごった返しており,警察も臨時で交通整理をしています。

頂上へ向かう階段。狭い階段が一層狭くなっています。

頂上へ向かう階段。狭い階段が一層狭くなっています。

観光地へ向かう人もたくさんいましたが,それ以上に目についたのが沿道で誰彼かまわず水をかける人たちでした。

大人も子供も沿道でバケツ等に水を入れて道行く人を待ち構えています。

大人も子供も沿道でバケツ等に水を入れて道行く人を待ち構えています。

そして,通りかかった人に水をかけます。

そして,通りかかった人に水をかけます。

ナイロン袋に水を入れて,思い切りぶつけるの者もいます。私もバイクにで通過する際何個もぶつけられました。

ナイロン袋に水を入れて,思い切りぶつけるの者もいます。私もバイクにで通過する際何個もぶつけられました。

ホースで水撒き。無差別大量攻撃。

ホースで水撒き。無差別大量攻撃。

水をかける方もかけられる方も楽しんでいるのですが,バイクを運転している人に突然沿道からナイロン袋の水をぶつけてくるなど危なくてしょうがないです(彼らに危ないという認識はないですが・・・)。濡れるのはしょうがないとして,バイクに乗るにも普段とは違う障害物に気をつけなくてはいけません。

CMCスタッフのラブット曰く,この水かけは昔からカンボジアにある風習ではなく,タイの水祭りをまねして楽しんでいるだけとのことです。その真偽のほどは定かではないですが,いずれにせよ楽しい風習は維持しつつも,バイク事故等が起きないよう公道においてはある程度規制をかけてもらいたいものです。

文責:曽田実

2014年4月22日更新

コーントライ中学校図書室

4月13日(日)

来る4月25日(金),今年も佐世保JCのみなさんがコーントライ中学校を訪問することになりました。今回,コーントライ中学校の生徒たちに辞書や物語りなどの図書を寄贈されるということで,どのような図書を送るとよいかを校長先生,教頭先生と話し合いました。

コーントライ中学校図書室の様子。

コーントライ中学校図書室の様子。

校長先生(左)と教頭先生(右)で図書室の図書を整理しました。

校長先生(左)と教頭先生(右)で図書室の図書を整理しました。

以前に寄贈されたであろう本が本棚に並んでいますが,そんなにたくさんあるわけではなく,30分程度で在庫の確認が出来ました。後日,生徒たちの学習に役立つ辞書や地図の他,物語りなどの本がたくさんここに並ぶことになるでしょう。

 

さて,カンボジアは週明け新年を迎えます。公式には4月14日(月)から16日(水)までがお正月休みとなります。小中学校などはいい加減なもので,公式の休日のかなり前に休みに入ってしまいます。都会は比較的ぎりぎりまで授業をしますが,田舎の多くの学校では3月末の時点ですでに正月休みに入ってしまっています。学校はともかくとして,多くの国民がこの正月に帰省します。今週末所要でプノンペンに行きましたが,帰省するために荷造りした車が街中を走っているのを多く見かけました。

プノンペンからバッタンバン方面へ向かう道路。プノンペン市内はどこも大渋滞です。

プノンペンからバッタンバン方面へ向かう道路。プノンペン市内はどこも大渋滞です。

とにかく荷物は詰め込めるだけ詰め込みます。

とにかく荷物は詰め込めるだけ詰め込みます。

中がいっぱいになったら上に乗ります。

中がいっぱいになったら上に乗ります。

 この人はこの状態でどこまで行くのでしょう?

この人はこの状態でどこまで行くのでしょう?

流石です。とてもまねできません。

流石です。とてもまねできません。

「綱が切れたらどうするんだ」という心配はさておき,皆それぞれの思いを持って帰省していくのでしょう。バッタンバン事務所も正月休みに入り,スタッフたちもそれぞれ帰省していきました。業務はいろいろと残っていますが,ひとまず休戦です。

文責:曽田実

2014年4月14日更新

地雷危険回避教育プロジェクト⑭

4月6日(日)

昨年度,小学校28校,中学校8校を訪問し,延べ1,956人の児童・生徒に地雷危険回避教育を実施しました。

実施した学校及び児童・生徒数は以下の通り。

<バッタンバン州モーンルサイ郡>

・ボップイ小学校,84人

 

<バッタンバン州ラタナックモンドル郡>

・ソバテピアップコマツ小学校,105人

・スラエトゥナオットコマツ小学校,22人

・プームカンダール小学校,35人

・チョムノアップぺコマツ小学校,38人

・プレイオムポー中学校,117人

 

<バッタンバン州コックロロー郡>

・プレアポ小学校,24人

・コイヴェーン小学校,59人

・スラエンチュオ小学校,34人

・バンチョーク小学校,66人

・ホップ中学校,71人

 

<バッタンバン州ソムロート郡>

・ターサーニュトゥボーン小学校,27人

・スンムオイ小学校,81人

・サーマキー中学校,188人

 

<パイリン州パイリン特別市>

・パンロルム小学校,166人

・クロチャップルー小学校,30人

・オープラウ小学校,56人

・オータヴァウ小学校,88人

・パンロルム中学校,79人

・ボージャカー中学校,78人

 

<パイリン州サラークラウ郡>

・ボスオム小学校,90人

・スロンミエンチェイ小学校,150人

・ソンテピアップ小学校,177人

・クガオク小学校,63人

・ソンテピアップ中学校,137人

 

<バンテアイミエンチェイ州オウチュラウ郡>

・コーントライ小学校,118人

・スヌオルトレート98小学校,23人

・スヌオルトレート97小学校,36人

・プリエヴ小学校,19人

・コーントライ中学校,99人

 

<バンテアイミエンチェイ州マライ郡>

・オーオムパル小学校,48人

・コホスヌオル小学校,119人

・フンセントゥオルポンロー小学校,143人

・ソンテピアップ小学校,65人

・レアスマイミエンチェイ小学校,98人

・トゥールポンロー中学校,123人

 

現在,モニタリング調査の結果を集計しているところです。集計が完了し次第,結果とその考察をご報告いたします。

 

文責;曽田実

2014年4月7日更新

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