過去の活動
「トゥールスレン収容所」で拷問を受けた人達の最後の行き場。
チュンエク村の「キリングフィールド」
ここの供養塔には8,000以上の遺骨が祀られているが、カンボジア全土には約300ヶ所の「キリングフィールド」があり、この虐殺によりカンボジアの近代化、発展がどれだけ遅れたか計り知れない。
今もなお家族の誰かが命を奪われ心の傷を抱えたカンボジアの人は多い。
二度とこのような悲劇を繰り返すことの無い平和な世界にしなければなりませんね。
2019年7月19日更新
朝から「トゥールスレン 虐殺 博物館」へ。
1975年アメリカに勝利したクメールルージュ(ポルポト派)が、その後1979年までに行った残虐行為の象徴的存在だが、いつ来ても気持ちは暗くなります。
長く悲惨なベトナム戦争が終わったことを喜んでいた私は、大学を卒業し、ソ連からヨーロッパ、中近東からインドまで放浪していた頃で、カンボジアの情報は、全く外部には伝わっていなかったのです。
1979年1月7日に解放されるまでに、2万人を超える無辜の人々が、ここで拷問され、全国では170万人もの人が殺されたという前代未聞の大虐殺が同一民族間で行われたのでした。
収容されていた中で生き残った7人の内の1人、チュンメイさんにお会いしました。今では「ポルポト裁判」の重要な証人です。
流石に皆さん、この場では記念写真を撮る気にはなれないようで、次の目的地、チュンエク村に向かいました。
2019年7月19日更新
CMACの地雷犬訓練センターでは、様々な形でのトレーニングを見学しました。
命に関わる地雷探査作業ですから間違いは、許されません。
障害物を乗り越えたり、水中を泳いだり、地雷の匂いを嗅ぎ別けたら、ピタリと座ったり、また基礎体力をつける為に、走り回ったりと、ハードな訓練が続きます‼️
地雷犬として活躍して亡くなった犬は、顕彰されお墓に眠っています。
最後にドネーションをして、皆さまとお別れしましたが、隊員からは感謝の言葉とまた来て下さいと元気に手を振って頂きました。
これからも、頑張って行きましょうね!
2019年7月19日更新
午後から地雷被害者や交通事故、病気などで手足を奪われた人に義手、義足を提供している PRC(フィジカル リハビリ センター)を訪問致しました。
ここは、もともとICRC(国際赤十字)直轄で運営されていましたが、地雷被害者の減少に伴い、主体がローカル(カンボジア人による現地化)が進められて来ました。
2001年からはPRCが前面に出て運営をしていますが、やはりICRCからの支援無しにはやって行けないようです。
2001年から今年までの患者の来訪者は23381人に達していますが、その半数が地雷被害者だそうです。
何故なら義足は、2~3年で合わなくてなり、作り替える必要があるからで、ここ数年は僅かな被害しか出ていませんが、それまでの被害がいかに多かったかを現しています‼️
今回は、主に歩行訓練や、車椅子バスケットボールをしている人たちの頑張る姿を見て感動致しました 感動🥺致しました 。
バスケットチームは、バッタンバン、シェムリアップ、コンポンスプーの3ヶ所にあるそうですが、いずれも資金不足で運営は大変なようです。
明日は大事な試合だそうで、是非、頑張って欲しいですです!!
2019年7月19日更新
「CMCボップイ三好小学校」の水タンクの様子を見て、「プレホップ中学校」へ。
ここも、「ひまわりの泉」3号機が完成して日が経ちますが、まだ雨季が始まったばかりなので、水の量が少なく水圧不足で、上の蛇口からは水は出ず、低い方から出ていました。
しかし、本格的な雨季はこれから。いずれ蛇口から溢れる日も近いと思います‼️
カンボジアの学校は2部制で午前の部が11時で終了して生徒達は帰ろうとしていましたが、私達が到着したので、タンクの前で一緒に写真を撮りました。
2号機も3号機も無地のママですので、明るく勢いのある素敵な絵が描かれるのを、子ども達は楽しみにしているようです。
2019年7月19日更新
「CMCボップイ三好小学校」では訪問行事に続き、各教室に分かれて授業の様子を見学致しました。
子ども達の元気の良さに先ずは驚きました。
私は約20年前から、この地域の子ども達を見て来ましたが、これまでに無く溌剌とした感じを受けました‼️
授業に続き、井上伸一さんたちが用意して頂いた鉛筆や折紙を全員に手渡し、折り方の練習などをしましたが、アッという間の時間でした。
せっかく、小学生同士の出会いがあったので、もう少し時間が取れたらと残念でしたが、この出会いは、将来大きな結果を生む可能性を秘めている! そんな思いを抱きつつお別れしました。
2019年7月19日更新
朝8時にホテルを出て「CMCボップイ三好小学校」へ!
建設当時(ボップイ安倍小学校の頃)は4WD車で片道3時間半、往復するだけで7時間掛かった道を、道路整備の結果、今では大型バスで1時間半で行けます‼︎
時の流れを感じます。
校長は会合で不在でしたが、子ども達が整列して迎えてくれ、本当に嬉しかったです。
10歳の大城 咲ちゃんと7歳の大城 仁君がCMC旗を持って先導。
校歌で歓迎してもらった後、記念撮影。今回は日本の小学生も2人参加しているので、仲良くなって欲しいです!!!
2019年7月19日更新
小学校落成の署名式に続き、子ども達との記念撮影を行いました。
記念植樹を行い、子ども達の成長を祈ると共に、今後のカンボジアの発展を祈念致しました。
「新宮東小学校」の子ども達が力を合わせて集めた「書き損じはがき」などのお陰で出来た遊具もすっかり学校生活に溶け込んでいるようで、皆んな楽しそうに遊んでいます !
最後に関係者だけで写真を撮りましたが、「ライオンズクラブ国際協会337-A地区」のメンバー始め日本からご参加頂いた皆さんも、サミスやシナラ夫妻、ソパーさんなどプノンペンから来てくれた仲間も感じて頂くことがあったことと信じています。
まだまだ、カンボジア現地でCMCの果たすべき役割を感じることが出来た落成式でした。
関係者の皆さまお疲れ様でした、そして有難うございました。
2019年7月19日更新
CMCセクソク林田小学校」の落成にあたり、カンボジア政府より感謝状と勲章の授与が行われました。
続いてテープカット、署名式と感無量の式典が展開されましたが、今回はサミス、シナラ、樋渡君や式典参加のために日本から来られた方々がテープに鋏を入れられ、これまでには無かった事が実現して本当に良かったと思います。
テープカットを終えて教室に入ると子ども達が笑顔て迎えてくれて、これからしっかりと勉強に励むという気概を感じ、学校建設の意義を改めて感じました‼️
2019年7月19日更新
落成式の開催にあたり、両国側の主賓の紹介があり、国歌斉唱。
ラタナモンドル郡長の挨拶に続き、子ども達による校歌の合唱が披露されました。
これには、林田俊一夫妻も感動されていた様子で、胸に迫るものがありました 。
続いて私の挨拶、林田俊一ガバナーの挨拶、バッタンバン州知事の挨拶と続きましたが、私はコムリット君が生まれ育ち地雷被害に遭った村への思いを語りました‼️
CMC20周年記念式典の際に林田さんが、「次は自分が地雷原の村に学校を作る」と宣言されてから13ヶ月で実現出来たことに心から感謝申し上げます。
学校建設に当たっては、CMCの組織形態に関する問題もあり、表に出ない苦悩も有りましたが、今回通訳も兼ねて出席してくれたサミスやシナラ、また先月 出産したばかりのシヴォーンの協力があったことは、特筆に値すると思います。
子ども達の未来のために、間違いなく大きな出来事であると確信しています!!!
2019年7月19日更新
CMCセクソク林田小学校」の落成式!
素晴らしい「大谷晴れ!」の中、予定通り8時30分に学校着。
会場は、すでに子ども達や村人、当局担当者で沸き返っていました。スー・アラファト バッタンバン州代表と共に、入場。大きな拍手に包まれました‼️
いつものように、お坊さん達による読経。カンボジア側代表者に従って今日の祝宴の無事の開催に礼を尽くしました!!!
2019年7月19日更新
今日は、「CMCセクソク林田小学校」の落成式!
出発前に、歯科医で一般財団法人「カンボジア地雷撤去キャンペーン」の評議員でもある平山恵理子さんより、セクソク小学校の子ども達へと「子ども用歯ブラシ」がプレゼントされました。
次の歯磨き指導の際に使わせて頂きます!
ありがとうございました!!!
2019年7月19日更新
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