カンボジア地雷撤去キャンペーン
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 2月25日(水) MAG地雷原視察
ツアーの4日目。この日は、スタディツアーの中でもメインとなる、地雷原の視察の日である。まずは早朝からMAGバッタンバンオフィスを訪問し、MAGの組織概要、現在の地雷撤去作業の状況、そして今回私たちが訪れる地雷原についての簡単なブリーフィングを受けた。

女性ディマイナーのブット・ソッキアさん(27歳)
その説明の中で特に印象的だったのは、MAGは女性や地雷被害者の雇用を行い、職業支援を行っているということだ。地雷という負の面を、雇用という正の方向へ向かわせようとしている。
素晴らしいことではないだろうか。しかしながら、もちろんそれらの作業にはいつも危険が伴う。地雷撤去作業中の事故が、今もなお起こっていることには、どこか胸が詰まる思いであった。
スタディツアーで視察に行く地雷原の場所は毎年変わるということで、今回はボックナウ(Boh Khnor)地雷原に行くことになった。ブリーフィングが終わり、バッタンバンから約45km離れたボックナウ村へ車で向かう。普段のスタディツアーの移動はバスだが、この日はまだ舗装されていない道を進むため、班ごとに四駆に分乗することになった。バッタンバンから30分程走ったところで道は凸凹が激しい悪路となり、そこを1時間程進んだところでボックナウ村に到着した。
到着して停まった車の中から見た風景は、衝撃的なものであった。そこには何軒かの民家が建っていたのだが、その傍らには地雷原を表すドクロのマークが何本も立っているのだ。まるで彼らの庭が地雷原そのものであるような印象である。私は車を降りようとドアを開けた。すると、車が停まっている50cm横は、警告ラインが張ってある地雷原だった。足元のどこに地雷が埋まっているか分からないという状況に立たされて、身をもって地雷の恐ろしさを感じた瞬間であった。
地雷が埋まる土地で生活を余儀なくされる一家

撤去作業のデモンストレーション
ボックナウ村に着き、まずは誓約書を書かされた。これは、地雷原に入ることによって起こった事故による命の保障は無いというものである。これにサインをしなければ、地雷原に入ることはできない。
その後、MAGのディマイナーからのブリーフィングを受けた。村の地雷の埋設と撤去の状況、地雷そのものや地雷原に立てられる標章についての説明などが行われ、実際の撤去作業同様のデモンストレーションが行われた。
この村には現在209家族が生活しており、今までに30人の地雷被害が出ている。撤去作業期間は昨年10月末から今年の5月末までを予定しており、この作業によって21家族が使えるだけの土地をクリーンにする計画だという。
昼食を摂り、いよいよ実際に地雷原に足を踏み入れるときがやってきた。気温が40度近い炎天下の中で、重たいプロテクターを身につけて地雷原へ入っていく。地雷原の視察は20分程だったが、驚くほど体力を消耗し、帰ってきたときには意識が朦朧としていた。
地雷原を歩くスタディツアー参加者
このような状況で、さらに気を張り詰めながら撤去作業をするディマイナーの作業がどんなに大変か、考えても考えきれないほどである。地雷原には撤去済みを示す標章が何本も立っており、また、何かにつまずいて転ぼうものなら、手を着いたその先は地雷原であるという緊迫した空気の中、無事に視察は終了した。
その後、地雷の爆破作業に立ち会った。地雷があるのは100m以上先であったが、爆破のスイッチが押されたあとに響いた音、そして空気を伝わってきた振動を全身で感じることができた。それは地雷の恐ろしさと残酷さそのものである。実際にその爆発に巻き込まれる人がいると考えると、胸が締め付けられ、人間同士で行われる争いの悲惨な末路が、いかに愚かなものであるかを考えさせられた。この日は、悪魔の兵器といわれる地雷の恐ろしさと残酷さを、身をもって知ることができた貴重な体験であった。
最後にCMCがこの1年間全国で街頭キャンペーンやチャリティイベントを行なって集めてきた地雷撤去のための募金を手渡し、1日も早く悪魔の兵器がなくなることを願いながら、地雷原を後にした。
CMCから支援金が手渡される


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